発創アリ。

2017 04
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健康長寿ふくい。
今日の福井新聞。
辛い記事、見つけました。
いや、別に、誰かが亡くなったとか
ということじゃなくて。


もうちょっと頑張ってもらえませんか
という記事。


福井県は
県民の平均寿命が全国2位
だそうで


県としては、それを
「県のブランド
にしたいわけです。


それで
県、県立大、県立病院
農業試験場、工業試験センター
などなどが集まって

健康長寿ふくい推進会議

というのを作りました。
昨年の春のことです。


記事は、その会議が
行き詰ってしまっていることを伝えています。



健康長寿ふくい推進会議が
>取り組みの方向性をめぐり
>袋小路に陥っている。

>昨年度中に取り組みの方向性
>をまとめるつもりだった。



昨年度中の予定が
今年度も半ばをすぎて袋小路って…
気付くの遅いでしょ!

で、何が袋小路かというと…



>肝心の「これからどう連携し
>具体策を練り上げるか」との議題になると
>発言は湿りがち。

>単発事業は打ち上がってきたものの
>連携した事業や全体的な方向性をまとめる
>妙案は出ていないのが現状だ。



要は、それぞれの機関が
それぞれに健康長寿についてできることを
考えているけれど

チームとしては
何していいかわからない

という状況なんでしょう。



記事には

見事に
「全員がうつむいた」
会議会場の写真

が掲載されています。

そこに、さらに
このコメント。



>「このまま会合を続けても
>結論は出ないかもしれない」と話す。

>「例えば禁煙やがん対策といった
>テーマに絞る方がいいのかもしれない」



暗い。
重い。
ブランド見えてない。


このままじゃ
健康長寿って
いつのまにか


「死なないこと」


に矮小化されそうです。




キャッチコピーは



「なぜか死なない 福井県人」



…冗談にもならないですけど。




記事はこう結んでいます。

>まずは共通項目の洗い出しをする
>方針だ。


いや、そんなことは
今さら考えることじゃなくて。
立ち上げ当初に考えることなんですけど…




いったい今まで何をしていたんだろうと
県民としては情けないやら、憤りの気持ちやらが出てきて
少し調べてみました。


今までの会議の様子とか
そのときの資料とか公開されているので
すぐわかりました。


すると



取り組みの方向性とか
各機関に期待される役割とか

ちゃんと
まとまっているわけです。
資料になっている。



多分、問題は
この「立派な資料」が


会議の結論としてではなく
会議に対する「案」として
事務局から示された


という点でしょう。
これ、「立派な会議」によくある話です。


事務局が「頑張ってお膳立て」してしまい
参加者はそれに目を通しながら
文言の「微調整」にいそしむ会議です。


こんなことしていては
参加者には、当事者意識が育たないし
チームにもなれない。


多分、この会議
参加者が「腹割って話してない」んじゃ
ありませんか?一度も。



その立派な資料を
捨てちゃって

もう一回
仕切りなおしてもらえませんかね?




自分たちの言葉で


そもそも
健康長寿って
なんやろ?
どんな状態のことやろ?


それは
本当に福井県に
あるんやろか?


って
統計数字にとらわれずに
考えてみて欲しいですね。


ざっくばらんに話し合って下さい。
気取りも、立派な資料もいりませんから。


健康長寿って素敵なことじゃないですか。
それを四角四面の議論で矮小化しないで下さい。


もっと伸びやかに
健康長寿ふくい
に対して夢と憧れをもって
話し合ってください。



で、会議のメンバーが


わしら、ど~しても
健康長寿ふくいを実現したいんじゃぁぁぁ


と思えるようになってください。
そうでないと


決めたことを淡々と処理する
いわゆるお役所仕事になってしまいますよ。




これ
ひとりの県民としてのお願いです。




そういえば
会議場の写真で印象的なこと。



見事な「ロ」の字に配置された机。
対面の人と5mは離れてますね。



それ
議論、できませんから。
意見発表会ならできますけど。



もうひとつ。
ホワイトボードありませんね。



それ
かみ合った議論、無理です。
言葉がすれ違ってませんでしたか?
今まで。




寿命が縮むような「不健康な会議」
やめませんか?



ファシリテーター
冨永良史



 ふるさと福井 コメント(0)
ジェイズ・カフェ。
今日の福井新聞に魅かれる記事が載っていました。
それは、当ブログにもよくコメント下さる
金田先生がいらっしゃる地元の仁愛大学のことです。

仁愛大学の学生が
>学内に憩いの場『ジェイズ・カフェ』をオープン
>教授も学生も気軽に立ち寄れる場として好評

>人通りが少ない場所にあるため
>どうすればお客さんに足を運んでもらえるかが課題


コミュニケーション学科の学生さんが
卒論のこと考えているうちにひらめいたアイディアだとか。
学生の自主運営で、お手ごろ価格で
コーヒーや軽食が楽しめるようです。


これ、面白くできると思うんです。


何しろ仕掛けているのが
「戦略的コミュニケーション」を研究する先生の
教え子たち。


戦略的に
コミュニケーションをデザインする
実証の場にできますよね。


気軽に立ち寄れる場は作った
でも、いまひとつ人の集まりが悪い
どうするか?


考えてみましょう。
どんなところに人が集まるのか?
例えば…

そこにしかないものがある
そこでしかできないことがある
そこにいくと面白いことが起きる


要は、唯一性と期待感ですね。
これにコミュニケーションを掛け合わせると


ここに来ると
思ってもみなかったような
つながりが生まれる
アイディアを思いつく
「それ、やってみよう!」という盛り上がりにつながる


となったりして。



ジェイズ・カフェに行くと
出会いがあって、つながって、何かが生まれる

そんな「たまり場」を演出できるのでは?



たまり場の条件は、例えば…


つながるきっかけがある
話したくなるテーマがある
自慢、PRでも許される


のようなことでしょう。
そうすると仕掛けとしては…


誰でも自由に書き込める
巨大な掲示板、落書き板がある

で、掲示板には、週代わりでテーマが出されたりして
例えば
「この大学の将来!」という大きなものから
「卒論テーマどうした?」という身近なものまで
学生も、先生も自由に書いて
掲示板の上でツッコミ合いしたり…
たまに、議論を整理する「管理人」が現れたり…

要はお茶を飲んでくつろぐだけでなく
「声」を残して、それをみんなに見えるようにして
それに触発されて、また「声」を残したり
おしゃべりの種にされたりという具合に

一人一人の「声」が共鳴を起こすような
そんな仕掛けですね。


それから
「声」が増えてきたら
みんなが興味を持っていそうなテーマに関して
交流イベントを仕掛けてみる。

例えば…


…すぐには思いつかない…

けど、多分、大切なのは
掲示板、落書き板で盛り上がった声を
テーマにすること。

それは
そこに通っていたみんなが知っている声だし
だから興味を持たれるから。

ひょっとしたら
そこから新しい「動き」が始まるかもしれない。
「いきなり、○○実行委員会発足!」みたいな。



さて
ちょっとした「魅かれ感」をもとに
書いたのであんまり具体的ではありませんが


要するに

集って、「声」を残す場があって
「声」がつながる仕掛けがあって
それを「動き」に結びつけられれば
思ってもみなかったことが生まれる

そういうコミュニケーションデザインを
実践できそうで面白いなぁ、ということです。



これ、企業組織にも役立ちそうな考えです。

硬直化した組織を
どうやってやわらかく、エネルギッシュなものにするか?


偶発的なつながりを組織内に演出する
そこから何かが生まれる。



そういえば
社内に会社が運営する「バー」や「カフェ」がある会社
ありますね。


サイバーエージェントとか
リンク&モチベーションとか


いずれも
アイディアと実行力で勝負している
ベンチャー企業。

人と人のつながりに
賭けているのでしょう。



カフェ、仕掛けてみませんか?
偶然のつながりに期待してみませんか?



ファシリテーター
冨永良史



 ふるさと福井 コメント(2)
地域ブランドって・・・



福井に暮らすファシリテーターとして
たまには「ふるさと福井」について
考えてみます。


今日は
地域ブランドについてです。

ごく最近の新聞で

特許庁により
地域ブランドの審査が行なわれ
福井県からの出願に対して
認められたのは「0件」だった。

と報道されていました。


この報道の背景には
「少しでもたくさん認めてもらって
地域活性化につなげたかったのに…」
という思いが見えます。


それは、それで
大切な思いでしょうけれど。


この考え方
嫌な匂いがするんです。
なんかおかしい、と。


ISOの時と同じ匂いです。
国からお墨付きもらったら
商売繁盛だ。


そんな意識がありますね。


地域ブランドって

商売の手段ですかね?

公的な機関に
「認めてもらう」ものですかね?


いつの間にやら
地域ブランドに専門家が生まれてて
お役所がアドバイザーとして派遣してくれるそうです。

大手広告代理店も
地域ブランド戦略をコンサルするそうです。


違う、そうじゃない。
そうじゃないんです。

ブランドって
そんなものじゃないでしょう?
それは、ブランドごっこです。
サル真似じゃないですか。


ブランドは
それに関わる当事者の
「熱狂」から生まれるべきものです。
少なくとも本物のブランドは。


福井県の長寿をブランドにしようと

「なぜか長寿。福井県」

というコピーがあります。
コピーそのものはともかく

長寿に対して県民はどれだけ自覚的でしょうか?
誇りを持っているでしょうか?


僕の地元では
越前瓦、越前打刃物
という名産品があります。

作っているひとの誇りと技術は
この上ないものがあると思います。

でも、地元消費者が
どれだけこだわりをもって
その瓦、その刃物を選んでいるでしょう?

実際は
ハウスメーカーの言いなりで
今時のスタイリッシュな瓦
量販店で買える
どこ製だかわからない安物の包丁
で満足してしまっているわけです。


どんなに優れた産品でも
その地の人が熱狂しないもの、誇りを持たないものは
本物のブランドになれない。


ブランドは
作る人、使う人の熱狂が
共鳴を起こすように広がっていくものだと思います。


国が作る制度に頼ったブランド化
一部の専門家に「教えてもらう」ブランド化

そこからブランドは生まれない。


当事者が本気にならないと。


地域ブランド

まず何よりも

地元の人の
地元の人による
地元の人のための
ブランド

であるべきではないでしょうか?


それができたとき
県外の人は

何だあの熱狂は?
自分も参加したい!

とブランド共鳴の輪に
引き込まれていくものだと思います。


地域ブランドは
誰かに作ってもらうものじゃない。
認めてもらわないとできないものじゃない。

私たちが
自分で誇りを持って
作り、行動するときにこそ
生まれるものではないでしょうか?


ファシリテーター
冨永良史




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