発創アリ。

2017 05
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誠実になるのは



誠実とは、辞書によれば
「私利私欲を交えず真心を持って相手に接すること」
とあります。


さらに、真心とは
「真実の心。噓や虚飾のない心」
です。



「真実の心の中に、私利私欲を交えない」などという心境が
果たして可能なのか、ということを、ふと考えました。


僕の真実の心の中は
私利私欲で満ちています。

自我とは自らに対して「ありたい姿」を望むことで
成り立っているはずです。
それ抜きに、自我は、心は存在しえないのではないでしょうか。


であれば
自分の欲求を正邪を問わず正面から受けとめること。
それこそが「誠実になる」ことの始まりではないか。
相手に誠実になるのは、それからの話ではないか。


そう思いました。


自分の私利私欲と向き合わない真心とは
それはつまり、偽善だろうと思うのです。



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