発創アリ。

2017 02
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枠の外に立つ覚悟




中野民夫さんのワークショップに参加した時


ワークショップは人の出会いやつながりを促す。
一方で、丁寧にお膳立てされた環境の中でしか
つながれなくなる、弱い人を作るリスクがある。


という趣旨の提起がなされました。(細かい表現は記憶していません)


もともと、ワークショップの人工性に違和感を持ちながら
ファシリテーションしていたこともあり
以来、ずっと


どうしたら人を弱くしないワークショップができるのか
いや、そもそも、もしかしたら
ワークショップというお膳立ては害悪なのか
だとしたら、人のつながりを促すには、どうすればいいのか


といったことを考え続けています。



今のところ、やはり
ワークショップという人工的な出会い空間は意義がある
と考えています。


日常から切り離された空間と時間で
リラックスでき、深く感じ、深く対話し
問いを投げかけあう。


それは、確かに人を学びと成長へと促すからです。
ただ、少なくともあとひとつ、問われなければならない問いがあります。


ワークショップを終わる前に
それから、終わった後もずっと


あの非日常の中で、何が自分を開放し触発したのか?
それは、日常では、どう実現できるのか?


という問いです。


リラックスして人と向き合う。
問いを共有する。
思いを受けとめあう。
違いの先を想像/創造する。


このようなことを、日常で行なうという覚悟なくしては
ワークショップは、ただの過保護に堕してしまいます。


ワークショップという過保護空間は
あくまでも保育器、学校という枠の中であり

その外に自律して立つことにこそ
その枠の意味がある、ということを忘れてはならないはずです。


枠の外に立つ覚悟を決めるために
枠の中の温もりを味わい尽くす。


そんなワークショップを生み出していきたい
と覚悟を決めています。


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