発創アリ。

2017 05
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ルールの周辺。



ルールがルールのために機能してはいけないことぐらい
誰でもわかります。

とは、いうものの
実際には、ルールの是非を巡った議論ばかりで
ルールの意義/意図に目を向けられることが少ないようです。


ルールは目的とセットであり
ルールはプレイヤーとセットであり
ルールはゲームに勝つためにあります。


いったい、何のためにそのルールがあるのか。
誰と誰が関与するものなのか。
プレイヤーが参加しているのは、どんなゲームなのか。
敵は?勝利の定義は?


そのような問いが、ルールの周辺にはリンクされており
それ抜きにルールのみを議論することは不毛です。


先の天皇面会をめぐるルール議論は
目的とプレイヤーとゲームの定義を忘れた状態で
行なわれているようにも思いました。


同じチームのピッチャーとキャッチャーが
自分の都合を押し付けあっているようなものです。
チームメイトなのに、まるで敵であるかのように。


誰と誰が、何を目指してチームを組むのか。
そのチームには、どんなルールが必要なのか。


そのような対話こそ必要でしょう。

「あうん」では通じられない他者だからこそ
チームになるために、ルールが生まれ
対話を通じて、常に更新されることを願います。
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