発創アリ。

2017 02
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内へ閉ざす時



対話によって未来を拓く
というスタンスが

ボチボチと
様々な場面、組織で採用されるようになり


ともかく人と出会う、つながる、触発しあうことの価値が
上昇しています。

ネット上では
ブログ、ツイッターをはじめとした場が生まれ
外の世界と簡単に多用につながることができます。


人と、外部とつながることで
触発を受け、自分を深化させることができるのは
確かではあります。


一方で、自己の不安定化を招くことも
忘れてはならないと思います。


つながっていなければ不安になる
人に承認されないと、自己が保てない
人と比べないと、自己が見つからない


そのような現象は
つながることによって目指していたことの対極です。
にもかかわらず、つながるが故に起きる現象でもあります。


午後のひとときを
近くの公園で、缶コーヒーを飲みながら
ゆったりと過ごしてきました。


内面に浮かんでは消える、想念の断片を感じながら
内へ閉ざす時間の豊かさを思いました。


外からの刺激が成長をもたらすわけではなく
その消化と昇華こそが成長をもたらすのであり

そのような、閉ざした時間を持つこと
閉ざすことの不安に向き合うこと

それができてこそ、外と向き合える
閉ざす時間の密度の高さが、引力を生み
外からの刺激が引き寄せられてくる
閉ざす時間の温度が、外からの刺激に化学反応をもたらす。


そんなことを考えています。


外にも
内にも
出会いはあります。


内側に閉ざし
内側とつながる時間を。

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