発創アリ。

2017 02
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知っている人。



一昨日のラーニングバー@東大で


語る時の主語が『I (アイ・・・私)」でなければ
語っている内容は、評論家的になっているのではないか。。。


のような、提起がなされていました。


「ウチの会社は・・・」や
「世間では・・・」や
「常識的には・・・」など

これらは、自らの考えを語っていない、ということです。


言葉巧みに流暢に語っているにも関わらず
なぜだか、響いてこない人とか

極めて論理的に話しているのに
ちょっと反論すると、急に意固地になったり
論点が全然噛み合なくなったりする


そういう人に出会うことがあります。
スタンスの取り方としては


「自分は人よりも『知っている』(という状態でありたい)」


というような願望
言い換えれば
「知っている」というスタンスを撮ることによって
「知らない」というコンプレックスから目を背ける
というようなものです。


このような、いわゆる「知っている」人は
様々な膨大な知見をカット&ペーストすることによって
「知っている状態」を維持しているのであって

実は「考えていない人」である可能性が高いと
「僕は」思います。

つまり
自分が何を知っているかについては
ほとんど「知らない」ということです。


知っているスタンスの人同士の対話は
噛み合ず、ちょっとしたことで対立します。

なぜなら、自分が語っていることは、自分が考えたことではなく
どうしてそういう結論になっているのかということを
自分では説明できないがゆえに
自分の語りに固執せざるを得ないからです。


知らない、けれど、考えている人、は
相手の話を聴けるし、問いに焦点を絞って答えることができるでしょう。


知っている人よりも
知らない人、考えている人になりたい。

僕は、そう思います。


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