発創アリ。

2017 06
05 ← 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 → 07
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 スポンサー広告 コメント(-)
「正しい」人。


対話してみると
自己の中に閉じている人には
2種類くらいあることがわかります。


ひとつは
完全に思い込みの世界に閉じていて
そこから出てこない人。


他方は
一歩引いたスタンスを取って
客観的に正しい言葉を紡いでいくだけの人。

これには、わりと技量が必要ですが
もう少し初歩的だと

教科書を読み上げるかのように論理的に
借りてきた論理を切り貼りする人、というパターンもあります。


いずれも、自分にバリアーを張って
傷つくことから過剰に守っていることにかわりはありません。
プライドが脆弱に高い、というアンビバレントな状態です。


守るための戦略は
「正しさ」を掲げることです。
しかも、きわめて狭い意味での、または表層的な意味での正しさを。
そんな正しさをバリアーにして、自己を揺らぎから守ります。

自己を守るための「正しさ」は
対話にとって阻害要因です。
そんなものは仮説でしかあり得ないという
不安定さに耐える強さに支えられてこそ
より強力な仮説へとたどり着く対話が可能になります。


「正しい」人が
「間違いな」人であることに耐える「強さ」を
身につけることが必要であることは

実は、当人が一番、知っているような気もします。

なぜなら、知っているからこそ
その恐さに向き合えない「弱さ」を露呈しているわけですから。


そこが、やっかいなところです。


あ、その他には
わざと「間違いな」人を演じるという
バリアーの張り方もあります。


なんだか、誰しも
「正しさ」や「間違い」を演じている世界
のような気もしてきました。

素でいるって
ものすごく難しそうです。


スポンサーサイト
 出来事・日記 コメント(0)
コメント
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
→http://eupsychia.blog75.fc2.com/tb.php/694-b02f85e7
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。