発創アリ。

2017 04
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ロジカルってなんだろう。



近々、ロジカルシンキングについての講座を
担当しなければならないので
ロジカルとはどういうことかについて
あれこれ考えています。


僕は自分に対して
ロジカルであろうという欲求から
意識的に遠ざかるように仕向けています。


ロジカルであることが
嫌いだからです。

正確に言うと
ロジカルであることの欲求には
油断すると簡単に負けてしまうからです。


だからといって
ロジカルであることが
不要であると考えているわけではありません。


ロジカルでなければ
伝わらないことが、あまりに多くありますから。


一方で、ロジカルであるが故に
すくい損ねてしまうことも、多くあります。


人は、言葉を使う以上
ロジカルであることを避けられません。
なぜなら、言葉とは
あるものから、あるものを意味的に切り取る、区別する
という機能を基本にしていて
それこそがロジカルであることの基本だからです。


放っておいても、人はロジカルな存在です。
そして、だからこそ、ロジカルとは
不完全な認知形態であることを、どうしても忘れてしまいがちです。


ロジカルに詰めていけば
いずれは真実にたどり着く、とか

ロジカルであることは
必ず正しい、とか

そんなことを思ってしまいがちです。
でも、真実や正しいことだけを語ろうとしたら
人は、何も言うことができません。

ロジカルとは、言葉の裏に隠された
「単なる約束事」、でも「精密な約束事」の体系
に過ぎないからです。

それは、ひとつの約束事の中で「正しい」と言える
ということに過ぎないからです。


だから、本当に正しいことをロジカルに表現する
などということは、できません。


正しいことは言えない、という前提を
ちゃんと理解した上で
わかりあうためのひとつの手段としてロジカルであることを
採用する、という態度が必要だろうと考えています。


ロジカルと直観では
ロジカルが勝っている、などというのは
ロジカルな態度ではありません。

僕たちにできるのは、せいぜい
「なんとなくロジカルっぽい、正しそうに見える表現だけ」だと
そう謙虚なロジカルさが、必要だと思います。

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