発創アリ。

2017 09
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格差アリ。



近頃は
何でもかんでも
「格差」という言葉で表現されて

差があることが、いけないこと

のように解釈されている。。。ように見受けられます。



親の収入が学歴に格差をもたらす


これは、まだ、共感の範囲内ですけど


地方出身者は東大に入っても
友人関係が狭いので、卒業後の進路、出世に影響する


ここまでくると
「そんなの本人次第。差があったってしょうがない」
「東大まで入れてもらって、泣き言?」

という感覚で、反感を覚えます。


格差だと言って
何が解決するのかが不明です。



格差とは
ゴールを共有した時に
同じスタートに立てないこと

を言います。
しかし、同じスタートに立てるのは
スポーツの世界など、ごく一部で
日常のほとんどは、誰もが違うスタート地点に立っています。


一方で
「違い」や「障壁」は「創造の源」です。

そこには単一ゴールといった「思考停止」はなく
自分のゴール、革新的なゴールを生み出す可能性があります。


持つ者と持たざる者が
同じゴールを目指すから
泣き言が生まれる。

持たざる者は
常に持たざる者ではなく
ゴールを違えれば
逆に持つ者になる。


誰も彼もが
一流企業に入ることを目指すなら
学歴を得られない経済的な違いは
致命的な格差だけれど

そのゴールは
果たして普遍的に価値あるものなのか


本当の格差は
このような疑問を持てない「思考停止」の中にある。
そう考えなければ、世の中のほとんどの人は
格差の不幸に呑み込まれていくと思います。


単一ゴールへ向けたレースを
相対的に眺めれば

持つ者になるのも
持たざる者になるのも
実は自分次第でしかない

と思えます。
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