発創アリ。

2017 03
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器の源。



今朝の新聞で
オバマ大統領の議会演説要旨を読み
昨夜のWBC日本チームの強化試合を見た時から続いている疑問が
くっきりと浮かんできました。



「器」って何だろう?
器の大きさの源は何だろう?



事の発端は
WBC日本代表チームの大黒柱
松坂投手の昨夜のピッチングでした。


ただの強化試合とは思えない大観衆の注目を前に
淡々と投げ、エースにはふさわしくない連打で失点し
けれども表情ひとつ変えず降板していく彼の姿に


とてつもない器を感じていました。



オバマ大統領が示す
ブッシュ前大統領との好対照ぶりも同様です。


経済、軍事、外交、あらゆる不確定要因を
チカラで制覇し、単一原理によって制御しようとする
ブッシュ前大統領に対して


オバマ大統領の
対話し、見極め、期待し、相手にゆだねる姿勢には
やはり器を感じます。


人間らしさという意味では
僕は、ことの是非はともかくとして
ブッシュさんにシンパシーを感じます。

彼の言動は、極端ではあったけれども
とても素直で、悪く言えば子どもっぽいものでした。


松坂投手もオバマ大統領も
なぜ、あんなにも動じないのか?


不確定要因や失敗は
少しでも少なくしたい、回避したいと思うのが
普通の感覚だと思うのですが


おそらくは
遠大な理想に向けて
現状を一歩一歩つみあげていく
冷静さと懐の深さがあります。


それを人としての能力、資質に回帰させるのは容易です。
しかし、それをしてしまっては、ブラックボックスにすべてを
封じ込めることに等しく

単に彼らが特殊な人間である
ということになってしまいます。




なぜ目先の利害ではなく
遠大な理想を見失わずにいられるのか。


なぜ大観衆の期待に一時的に背いてでも
自分が目指すものを追い求められるのか。




松坂投手のメンタリティーには以前から注目していて
「自分との対話」が静かで深いことが
彼の器の源なのだろうと考えてはいます。


であるならば


なぜ、他者の言動の影響力を免れて
自分との対話を続けられるのか。



これらの問いに
「精神力の強さ」のような抽象的なものではなく


なにか原理的な、メカニズムとしての解が見出せないか


そんなことを考えています。



そういえば
鈍感力なんて言葉が
ありましたね。

読んでみます。
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