発創アリ。

2017 06
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生存者あり。



月に一度は映画館に行っています。
日常と完全に切り離された空間で
非日常の物語に没入できる時間は
僕にとって何物にも替え難い価値があるんです。


映画「252-生存者あり-」


を観てきました。


台風に襲われた東京で
地下鉄の駅に閉じ込められた人たちを
レスキューが救出する映画です。



日本テレビ製作の映画で
フジテレビの社屋が津波に呑まれるのは笑いました。
他の時間はほとんどずっと、ストーリーに呑み込まれていました。


ギリギリの状況で
何が何でも助けようとするレスキューと
何が何でも生き残ろうとする人たち。

その姿に、フィクションだということを忘れそうになって
今、自分が、生きているということが
奇跡的な事実であるように思いました。


帰り道。
もし、今、この瞬間、大震災が起きたら。
生き残るために必要なことは何だろう。
そんなことを考えていました。


我が家には、いくらかの非難用具と
食料や水の蓄えがあります。
在宅中に被災すれば、それらが役に立ちます。

でも、その確率は、思っているより低いんだろうな
ということに気づいたからです。


緊急事態は
備えているとき、備えている場所で起きるわけでは
ありませんから。


であれば
生存するために必要なことは


周りを冷静に見回し
生存に必要なことを見極め、関連付ける思考力と
それを実行に移すためのコミュニケーション能力
そして体力。



これらを常に持っているためには
今、生きていることが、奇跡的に在り難いことだということを忘れず
今、この瞬間を生ききることだろうと思えました。



世界恐慌の不安が漂う現在において
生存者になるために必要なことも
きっと似ているのでしょう。


古代ローマ皇帝マルクス・アウレリウスは

誰も過去や将来を失うことはない。
現在を失うだけだ。

という意味の言葉を残しています。
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