発創アリ。

2017 06
05 ← 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 → 07
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 スポンサー広告 コメント(-)
理想が微笑みながら虐待する。




NHKスペシャル
「微笑と虐待~証言 アブグレイブ刑務所事件~」


受けとめようのない重い感情が生起するのを
避けられないまま、見入っていました。

目を背けたいのですが、どうしてもできず
客観的で合理的に判断したいのですが
生起する感情は、粘ついて、次々に形を変え
明確な像を結ぶことがなく、もてあましました。


アブグレイブ刑務所事件とは
2003年、イラク戦争の際にアブグレイブ刑務所で
アメリカ兵によるイラク人捕虜への虐待行為が
明るみに出た事件です。


非道な虐待行為を前に微笑む女性兵士の写真が
世界中に報道され、その残虐性が非難を浴びました。


昨夜の番組では、その事件の背景が
つぶさに検証されていました。


軍法会議で断じられたのは
虐待に直接関わった7人の兵士だけで
上官はひとりとして罪に問われていないこと。

戦地という非日常の場では
虐待行為は日常であったこと。

虐待を内部告発した兵士は
裏切り者扱いされ、郷里を失ったこと。

虐待の前で微笑んだ女性兵士が
貧しい生い立ちで、学費を稼ぐために入隊したこと。

捕虜への尋問が、何の訓練も受けていない兵士たちに
委ねられていたこと。

尋問についての指揮系統が複数存在し
知識のない兵士たちは、混乱していたこと。



これらの事実を前に
「その時、彼らはどうすれば良かったのか」
を安易に答えることは僕にはできませんし
「だから暴力は、戦争は絶対にダメなんだ」
と正義を繰り返すことにも、はばかりを覚えます。


色々な「分析」は可能です。


社会的弱者が軍に居場所を持ち
知識もないまま狂気に巻きこまれた。

内部告発という「正義」は
正義の国を標榜するアメリカでも
結局、受け入れられない「建前」である。

戦争の真実は
権力によって明るみにでることを閉ざされている。


だけど、このような分析で
状況を整理することが、正しいようにも思えません。


なぜなら。。。
僕が思っているのは、おそらく。。。


虐待した兵士達や
虐待を日常化した戦地という狂気を
絶対悪として排除する思考は

実は
民主主義と言う理想のもとに
イラクに戦争を仕掛けたアメリカの思考と
通じているということです。


誰もが持つ、弱さ、狡さ、残虐さに目を向けずに
ただただ純粋な理想だけを掲げることは
幼稚な暴力と同根だということです。



高邁な理想は
常に高邁な精神によって支えられるのではなく
自己正当化と、簡単にすりかわってしまう気がします。


そう言えば、アメリカの独立宣言は
1976年7月4日、このように高らかに謳っています。


「われわれは、自明の真理として
 すべての人は平等に造られ、造物主によって一定の
 譲ることのできない権利を与えられ
 その中に、生命、自由および幸福の権利が含まれていることを信ずる」



疑うことのできない、高貴な宣言ですが
この理想を守り、実現するために、たくさんの人が死んでいることは
僕にとっては、簡単には整理できない事実です。


ファシリテーター
冨永良史
スポンサーサイト
 出来事・日記 コメント(0)
コメント
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
→http://eupsychia.blog75.fc2.com/tb.php/612-e451bd4c
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。