発創アリ。

2017 08
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ゲンパツを知る。





つい先日のこと。
ちょっとしたご縁がありまして
原子力発電所(通称「原発・・・ゲンパツ」)を
丸一日、見学、勉強する機会をいただきました。


ふるさと福井県は
ゲンパツの密集度では
日本一です。

人口の少ない狭い県なのに
13機もあります。



このゲンパツを巡っては
強硬な反対派から、大歓迎の推進派まで
多様な意見があります。

なぜ、両極端の意見が生じるかというと。。

ひとたび事故が生じれば
日本全土どころか地球規模で影響を与えかねない
リスクの大きさと継続性。

化石燃料の枯渇が進行する中で
すでに国内エネルギー需要の半分近くを
原子力発電が占めているという現実的な必需性。

ゲンパツ関連産業が地元に生み出す
雇用をはじめとした経済効果の無視できない巨大さ。

温暖化ガスを排出しないエネルギーであり
地球温暖化を減速しうる可能性がある
クリーンエネルギーとしての期待感。

とは言え、放射性廃棄物の廃棄処分には
危険と不安がつきまとい、膨大な時間を要するため
根本的な解決の道が未明であること。


といった具合に
僕達の生活に直結する
期待と不安、メリットとデメリットが
両極端の形で混在しているがゆえに
反対、賛成の極端な対立が生じているのでしょう。



僕は、日本一のゲンパツ立地県に住みながら
まだまだ原子力発電のことを知らなさすぎると感じた一日でした。


絶対に不要だとも思えないし
どうしても必要だとも確信できません。
おそらく、そのどちらでもないのでしょう。
けれど、それでは現実に進行するエネルギー問題を解決できません。。。


僕達は、知らないものを恐れ、退けます。
今までになかったものを否定し、その可能性を閉ざします。
そうやってリスクを回避して生存してきたとも言えますが
そうやって茹でガエルになる可能性も否定できません。


やはり、どんなことであれ
そこに存在する理由があるわけですから
まずは、ココロを鏡のようにして
あるがままに、理解することから始めなければと思わされました。


知らないままに否定することも
ちょっとかじったくらいで賛成することも
知らないもの同士が対立することも
生産的ではないでしょう。


何かわからないけれど怖い
「ゲンパツ」ではなく

その存在をハッキリと理解した
「原子力発電」に


理解の次元を上げることが必要だと感じました。


そういえば世の中
わけがわからないままに
恐れられていたり否定されていたり対立していたりするものが
多くあります。


「知る」の辞書による定義は・・・


心でとらえる。
(他と区別して)その存在を認め
またはその状況や内容、意味・価値を
こうだとつかむ。


とあります。
「知る」って、簡単じゃないです。



ファシリテーター
冨永良史
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