発創アリ。

2017 06
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これは、みんなの意見です。



言い方は色々でしょうけれど

ひとつの意見が
大多数、あるいは全員の
意志を代表しているという意味を込めて



「これは、みんなの意見です」



のようなことを言います。
会社で、町内で、学校で、マスメディアで
頻繁に耳にします。



これは本当なのでしょうか?
そんなこと、簡単に言えるのでしょうか?


世論調査で80%の人がNOと言った。


これは、みんなの意見でしょうか?
残り20%の意見を無視しているという次元ではなく

「みんなの意見」というものがそもそもどのように可能か?
という問いを乗り越えた上での表現かということです。


みんなの意見。。。


誰もが
同じように現実をとらえ
同じように意志する。


そんな簡単なことではないわけです。
多数決で、圧倒的多数を獲得したとしても
それが「みんなの意見」だとは限らない。


同調、権威、無責任、視点の偏向・誘導などなど


様々な要因が合意に影響します。
合意しているからといって
真の意味の合意かどうかはわからない。
制度的、統計的、結論的な意味において
「みんなの意見」であって


「背景を共有した上での
 みんなの意見」


である保障はないんです。



合意という結果は
決して共通性を保障しない。
その背景には、様々な思惑・誤謬があります。



世界の多様化、断片化が進み
一方で、「みんな」で取り組むべき問題が深刻化する中

真の意味での
「みんなの意見」を
どのようなプロセスで生み出すか?


という問いは、日に日に
重要性を大きくしているように思えます。
「真のみんなの意見」こそが、圧倒的な解決力の源だからです。

そして、その答えは、どうやら
ふたつのところからもたらされるような兆しを感じます。


ひとつは
膨大な情報集約、整序、共有を瞬時に行なう
グーグル的なITから。

もうひとつは、おそらく
多人数が、ランダムに気ままに話し合う
猥雑でプリミティブな対話から。


ITによって、僕達の行動は散在化しましたが
その反対、おそらく反動として、多様な人たちが「集う」ことは
今後、増えていくように感じています。



「どのように話し合うか?」
という話し合いの作法については
ITと比べれば、驚くほどに未開拓だと思うのです。



ファシリテーター
冨永良史



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