発創アリ。

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自分の死亡記事。




大好きな小説のひとつに


「カクテル」(ヘイウッド・グルード著)



があります。
タイトルどおり、酔っ払い小説です。
だけど、とても真摯な小説です。
トム・クルーズ主演で映画化もされました。




さて、そのストーリーはともかく
文学を志す主人公のバーテンダー、フラナガンが
小説の創作コースに通い、第1回目の課題として


「自分の死亡記事」を書く


ということに取り組むシーンがあります。
ほんの1ページくらいで描写される小さなシーンです。
なぜだか、このシーンがとても印象に残っています。



それが最近、急に記憶に蘇ってきて
僕自身の死亡記事はどんなだろうと
思い浮かべるようになりました。


なんで死ぬんだろう。
もし、写真入りの記事になったとして。。。
どんな人物として紹介されるだろうか。
何をしてきた人物として紹介されるだろうか。
誰のコメントが寄せられるだろうか。


もし、お悔やみ欄だけに載る程度だとしても


葬儀にはどんな人達が来てくれているのだろうか。
来てくれた人たちは、僕をどんな人物だったと思い返すだろうか。



なんて妄想します。



僕の人生計画では
死ぬのは、かなり先の話なのですが。。。



こういう妄想に集中すると
今、この瞬間の大切さ、支えてくれている人達の大切さが
実感できるように思えます。




死亡記事に限らず



何かを始めるとき
その終わり方を考えることは
始まりと終わりの間にある、長い時間の重さを
今、この瞬間の積み重ねが、間違いなく終わりへと続いていることを
リアルに感じさせてくれるようです。



ただの
シミュレーションにとどまらない

人間だからこそできる
今を生きる方法のようにも思えます。



さてと
酔っ払いながら
酔っ払い小説を読みますか。




ファシリテーター
冨永良史


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