発創アリ。

2017 04
03 ← 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 → 05
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 スポンサー広告 コメント(-)
落合監督の流儀。



かなり話題になってます。
落合監督率いる中日ドラゴンズが
日本一を決めた試合での采配です。


史上初の
日本シリーズでの
完全試合を目前にしての
投手交代でした。


結果として
投手リレーは成功し
2人の投手による完全試合が達成され
中日は悲願の日本一を
しかも、セントラルリーグ2位からの
敗者復活での日本一を達成しました。



この
「日本一を決定づけた投手交代」をめぐって


「完全試合という快挙を目前にしながら
 交代させるのは暴挙だ
 目先の勝利を優先した小心だ
 オレ流優先だ」


と言われているわけです。
一方で、ささやかに報道されている事実は


降板した山井投手は
マメをつぶしており、自ら降板を願い出た


ということです。



ここで注目したいのは



報道においてあってはならないことが
起きているということです。
それは



個人的価値観が事実に優先して
報道されている


ということです。



落合采配が
暴挙なのか、小心なのか、オレ流なのか


それは
采配行為を見た人、受け止めた人の
価値観によって左右されるものです。



一方


山井投手が自ら降板を願い出たことは
断片的かもしれないにせよ
紛れもない「事実」です。


にもかかわらず
報道においては


価値判断をへた情報=「暴挙だ」
が優先され

確認された事実=「降板を願いでた」
が小さくなっています。



たまたまスポーツ記事でしたから
そう大きな問題にはなりませんが
これは、マスコミ、さらには僕たちが日常で
頻繁に陥る勘違い、認知の失敗です。



手に入りやすい情報
価値観の琴線に触れやすい情報
をもとに価値判断し
事実を細大漏らさず考察するコトを放棄する。



あってはならないけれど
もはや日常の出来事です。



この一点、この認知の失敗のみに注目し
そこに陥らないように留意するだけで
社会のありかたがどれだけ違ったものになるか
僕は、ものすごく大きな可能性を感じています。


それくらい重大で
日常的なミステイクだと思うのです。



なぜ、僕がここを気にしたかと言えば
ファシリテーターとして
組織に、会議に関わる中で


あらゆるすれ違い、対立、紛糾は
そのほとんどを、今回のような
事実と価値観の勘違いにその源を発している


ということを、あまりに多く体験しているからです。



落合監督は

山井投手の快挙よりも
オレ流を優先したのではなく

ただ単に
「勝つ」という至上使命の前に
誠実であっただけではないのでしょうか。


中日ベンチのすべてを事実を知るはずもない僕には
そういう推測が可能であるに過ぎませんが。。。



ファシリテーター
冨永良史



↓みなさんの流儀で、応援クリックをお願いします。
にほんブログ村 経営ブログ コンサルタント・コーチへ
スポンサーサイト
 出来事・日記 コメント(0)
コメント
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
→http://eupsychia.blog75.fc2.com/tb.php/432-58db6891
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。