発創アリ。

2017 05
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彷徨える食と職。



食と職の世界が
彷徨ってます。



食にまつわる不祥事は
次々に発覚し


職は「働き方」の価値観を再構築できないまま
「多様な働き方」という一見、前向きな表現のもとで
ニートや鬱病や歪な勝者を生み出し続けています。



このふたつの迷走は
かなりの重なり、相関を持ったもののように
思えます。



職の価値観の混迷に
食が絡め取られ


命の源である食は
単に「貨幣と交換するための商材」に
なり下がっているように見えます



命の源を生み出す
尊い営みである食料生産業は
単に「貨幣を得るための作業」に
なり下がっているように見えます。




命を守り、治癒へと導く医療が
尊い営みであるのと同様に、いやそれ以上に

命を生み出す、作り上げる源となる
農業、食料生産業は尊い営みであるはずです。


市場原理の元で、効率化、淘汰されるのが
本当に正しい道なのか、僕にはうまく判断できません。


それは本当に、単なる「産業」であっていいのか
うまく判断できないんです。




食にまつわる職は
抜きん出て「精神性」の高いものであるべき
なのではないかと思っています。


その精神性が
果たして、市場万能主義、グローバリゼーションの中で
生きて行けるのか、ちょっと心配です。



ファシリテーター
冨永良史


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