発創アリ。

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今、何してる?






「今、何してる?」


どこでも使う
何気ない問いかけです。



でも、この問いを自分に向けたとき
けっこう、答えるのが難しかったりします。



今、自分が
何をしているのか
わかってないことが
多い。




正確に言うと
「何を考えているのか」
は、かなりわかっても

「どんな行動をしているのか」
は、かなりわかってない。



癖に気づかないのはその典型です。
そこまでいかなくても


腕を組み変えるとか
視線をどこかに向けるとか
つま先を動かすとか


そういう
何気ない行動が
「何気ない」だけに
全然、把握できてない。



今、自分が何をしているのか
それは、なぜか



こういうことに注目すると

世の中の膨大な刺激に振りまわされそうになりながらも
自分の足で地面を踏みしめて立つ感覚を
取り戻せそうな、そんな感じがします。




ファシリテーター
冨永良史



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 出来事・日記 コメント(4)
コメント
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こんばんわ

天邪鬼な私には、そうは思えないんですけどね。。。(汗


だって、「今、何してる?」で、両手両足、視線なんかの何気ない行動まで意識しちゃうと細かなことに意識が行き過ぎて全体が見れなくなるような・・・

いわゆる「木を見て森を見ず」って事になるのではないかと。。。

それよりも、もっと生産的なことに意識を集中した方が、結果も出せるでしょうし、その結果を受けて「自分の足で地面を踏みしめて立つ感覚を取り戻す」方が良いのではと・・・

スミマセン!また横からチャチャ入れるようなことを言いまして(滝汗
 
by: watanabe * 2007/09/25 23:03 * URL [ 編集] | page top↑
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watanabeさん、ようこそ。

おっしゃること、よ~くわかりますよ。
確かに、あれこれ考えすぎて
わけわかんなくなるというか、ぎこちなくなりそうですね(笑)

だけど、一本の木を凝視することで
かえって森のことがよくわかったりします。

意識してないことを意識化することで
意識できる範囲がひろがり
生産性があがることがあるように思います。

体育会的に言うと
ウエイトトレーニングを重視するか
イメージトレーニングやストレッチを重視するか
そんな感じですね。

どっちも大事なんですけどね。

by: 冨永 * 2007/09/25 23:16 * URL [ 編集] | page top↑
--ファシリテーターって必要ですか?--

初めまして
早々、大変素朴な疑問で恐縮ですが
ブログ文末でファシリテーターと自称されているのに
少し興味と疑問があり質問してみることにしました。
専任のフィシリテーターが必要かということに関してです。
 
 経済社会が、複雑・多様化或いはグローバル化し、
専門性は深まり、国々地域による、コラボレーションの
ニーズが高まるなかファシリテーションはビジネススキルとして非常に重要になりつつあると思いますが、「私はファシリテーターです。」という人材が必要な訳ではなく、ファシリテーションができる技術者やマネジメント層が必要で、より重要になっているのだと思います。つまりファシリテーターと言うのは、その時々により「私が或いは誰かさんが担当するのが良い」そういうものでは無いでしょうか?
by: ピント外れなコメントが好き(^^) * 2007/09/26 20:16 * URL [ 編集] | page top↑
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ピント外れなコメントが好きさん、ようこそ。

ピント、外れてないと思いますよ。
ちょっと変化球だけど、ストライクのご指摘だと思います。

おっしゃる通り、チームを率いるあらゆる人が
ファシリテーションスキルを持つことが理想ですし
そうなったとき、「世の中2.0」とでも言いたくなるくらいの
イノベーションが起きると思ってます。

そのためには、ファシリテーションスキル
それ以前のマインドを大勢の皆さんとの語らいの中で
紡ぎ出していく必要があって
そのための「自称ファシリテーター」だと考えています。

究極の理想は、ファシリテーターが特別なものでなく
誰もがそのスキルを持ち、コミュニケーターというのが
当たり前すぎて成立しない役割であるのと同じように
ファシリテーターが当たり前の役割になることです。

一方で、こういう理想の持ち方は、極端に言えば
「みんながカウンセリングできればカウンセラーはいらない」
というのと同じように、かなり欲張りで長期的なもののように
思えます。

カウンセラーでなくても
大工さんでも、作曲家でもいいのですが

誰もが
悩み相談はできるし、犬小屋くらいならできるし
鼻歌を自作することもできますが

持論を理論化するような、または、直感を反復可能なスキルにするような専門性を持ち、多くの人を触発し、学びへ導くのは、なかなか困難です。

その意味で、自分の居場所が無くなるのが究極の理想ということを肝に銘じつつも、専門性を追求して、多くの方とファシリテーションしていくのが僕の仕事だろうと考えています。

答えのピントが、あってますように。。。
by: 冨永 * 2007/09/26 21:51 * URL [ 編集] | page top↑
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