発創アリ。

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そんな権利、誰にあるのか。


相手が
どんな悪事をした人間であろうと

ましてや
まだまだ疑惑の段階ならなおさら


その人に
自らの命を断つような決断をさせるくらいに
追い詰める権利など、誰にあるでしょうか。


一国の大臣です。
理性、判断力、経験
人並み以上に備えていたはずです。


そんな人が
あんな決断をしなければならなかったなんて。
松岡大臣が何をしてしまったのか
とは全く無関係に、起きてはいけなかったことです。



全国民に中継される国会の場で
完全に悪人扱いで、追求につぐ追求。
マスコミでの扱いはさらに輪をかけていました。


これが国家の最高意思決定機関での振る舞いでしょうか。
「追求」という言葉が頻繁に使われていました。
これで「追求」が終わるわけではないと。


追求とは
ある特定の人の人格を矯正することではなく
風土として、仕組みとして問題がおきなくすることを
目指してするものです。


そうしていたでしょうか。
罪人としてつるしあげ、与野党の力関係を逆転させよう
という意図が丸見えの追求ではないでしょうか。



以前、柳沢大臣の時にも
国会の有様には、本当に失望しましたが
今回もまた同じ、いや前回以上に絶望しました。



あいも変わらず
採決を体を張ってとめる議員の姿が放映されていました。
それは、議論でしょうか。
それは、国民に、子供に見せるべき模範でしょうか。



与野党とは
攻防するものでしょうか。


ともに創る関係にはなれないのでしょうか。
そんなにも人は進歩できないのでしょうか。


身近な議員の方がこうおっしゃいました。
「議会はケンカだ」


そうだとしたら
大人が子供に何かを言う権利は
どこにもないと思います。


罪を憎んで人を憎まず。
とは、飾りの言葉なのでしょうか。


創造的議論とは
ケンカするネタが無くなったときに
ようやく実現するものでしょうか。



罪が確定するまでは無罪です。
無罪の人を死に追い込むまで
つるし上げるような社会に
何を期待すればいいのでしょうか。


国会は、マスコミは、そして社会の意思は
何を欲しがっているのか
本当のところ、どうしたいのか。
それに向けて、何をしようとしているのか。


こういうこと考えると疲れますね。
僕は、何を子供に語れるのか
真剣に考えさせられた事件です。



ファシリテーター
冨永良史


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 出来事・日記 コメント(4)
コメント
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う~む~。。。

今日の意見は微妙ですね(^^;

確かにあってはならない事件でした。
先進国、民主主義社会で世界でも初めてのことだとか・・・

でもね。。。

誤解を恐れずに言うと、国会議員とは、閣僚とは、それだけ責任と義務の重い仕事なんです。

まさに清廉潔白でなくてはならない仕事なんです。

確かに野党やマスコミは、つるし上げをしたかもしれませんが、だからといって自殺するくらいなら端から議員や閣僚やらなければ良いと思うんです。
いや、やってはいけないんです!

死者にこのようなことを言うのは、日本ではとんでもないことではありますが、それでもあえて言わせていただくなら、そんな甘いことを言っていては、いつまでたっても日本は良くならないんじゃないかと。。。。

悪いことした(と思われる)人を追求(つるし上げ)してはいけないなら、悪いことし放題!!
「そんなに追求するなら、自殺するぞ!」って言われたら何にも言えなくなってしまう世の中で良いのでしょうか?

社会保険庁の問題は腹が立ちませんか?
5000万件ですよ!
5000万件と言えば、就労者の半分以上に当たる数です。
事実、嫁の親のは保険料納めていないことになっていました(義父が丁寧にも全ての領収書を持っていたので、事なきを得ましたが・・・)

そんないい加減で、ムチャクチャをまかり通らせてる連中でも、犯罪が確定していないからと言う理由で、追求できないなら正義なんて世の中には存在しえなくなってしまう!

大臣だと許されて、官僚だと許されないと言うものではありませんよね?

根は同じだと思うんですがね・・・違うんでしょうか?

今回の問題、確かに起きてはならない事件でしたし、故人の冥福を祈る所ではありますが、かといって真相を語ることなく死んでいったことさえも許せる話では無いように思うのですが・・・

非情すぎるでしょうか?
(ちょっと熱くなりすぎました・・・)
 
by: watanabe * 2007/05/29 23:43 * URL [ 編集] | page top↑
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watanabeさん、こんばんは。

おっしゃること、よくわかります。
まったく共感します。

政治とお金の不透明なつながりも
社保庁の初歩的なミスも

知れば知るほど税金を納めるのが嫌になります。
こういうことは、徹底的に追求して、
組織としてそういうことがおきない風土に変えていかないと
いけないと心から思います。

その上で、僕がやりきれないのはやっぱり、
「自ら命を断ってしまったこと」
「そこまで追い込んでしまったこと」
なんです。


僕は、松岡大臣がやってしまったであろうこととは
「まったく無関係」に、辛さ、腹立たしさを感じていました。


僕には

マスコミも与党も
「追求」を「利用」しているように見えていました。
その結果が「自ら命を・・・」では、あまりにも・・・
と思ったんです。

そこがたまらなく我慢ができませんでした。

おそらく、そこには
追求すべき正当な理由がありました。

でも、絶対悪 対 正義 という対立の構図では
勝負はつくでしょうけれど、「よく」はならないと思うんです。

マスコミも野党も「勝負」をつけたがっているように見えました。
正義の名のもとに、悪を討伐するような。

与党も野党も
国を担う大切な大切な人材資源です。

どちらかを悪として切り捨てるわけにはいきません。
視点が違って、いろいろな切り口から考えられるのは
僕達の将来を任せるにおいて、とても大事なことです。

だから・・・
勝負の場にしてほしくなかった。
誰かを糾弾して、排除するような場にはしてほしくなかった
もっと、有意義に創造してほしかった。

なんでもっと、人の話をちゃんと聴いていられないのか。
国会中継を見ていて、いつも思います。
主張、主張、主張
糾弾、糾弾、糾弾

見ていられないんです。

子供に誇れるような、そんな国づくりをしてほしい。
そんな国づくりに参加したい。

そんな風に、考えています。

なんとなくの直観ですが
僕は多分、watanabeさんよりも非情のような気がします。
watanabeさんのご意見は、熱くて、辛らつだけど
どこか温かく感じるんです。
見習わなければと思わされました。
by: 冨永 * 2007/05/30 00:58 * URL [ 編集] | page top↑
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昨晩は少し熱くなり過ぎました(^^;

恐らく、冨永さんも私も向かって行きたい方向は同じなんだと思います。

基本的に、私は自民党支持ですが、ここ数年は自民党に票を入れたことがありません。

それは、しっかりとした民主主義が日本に育って欲しいので、民主党と勢力が拮抗して欲しいからです。

どちらの党も、少し傲慢になったり、間違った判断をすれば即座に政権を追われる、アメリカのような緊張感のある政治になって欲しいと思っています。

現在の日本は多数政党で、さまざまな考えや意見が自由に主張できる、あたかも理想的な社会になっているかのような体制ですが、実際には、選択肢がない体制でもあるんです。

色んな意見がありすぎて、何が正しくて何が間違っているとは言い切れないものも多く、更に好き嫌いまで存在してしまって、身動きが取れない。。。

結局、野党がそれぞれの意見でまとまらないから、1党独裁になってしまい、好き勝手なことが許されてしまう。。。

野党も、どうせ、政権取れないからと、同じように好き勝手やってしまう。。。

現実はそんなところのような気がします。

そこに、官僚がつけ込んでくるんです。
退職した後、天下りをして、数年勤めれば、数千万円の退職金。続いて再度天下りして数年で数千万円。。。
そんな誰が考えてもおかしい(官僚にとってはおいしすぎる)仕組みを作り上げてしまうんです。

市や県のレベルでは、幹部職員が、自らのネットワークを使い表のとりまとめを依頼するなんていうのは当たり前のように行われています。(もちろん、立場的に問題になるので、内密に依頼してきますが・・・)

なぜ、依頼してくるのかを考えると、やはり自分たちの都合がいいからなのではないかと思います。

以前(2005年)、大阪市の関市長が出直し選挙をしたことがありました。マスコミからは「なぜ?」「意味がない!」と言った批判を受けていましたが、私には意味が良く分かります。

市政改革をするのに、職員たちの力を借りてなった市長では、職員の不利益になる改革が出来ないからです。

恐らく国政レベルにおいても同じだと思います。
そこに、さまざまな問題の根があるのかとも・・・

日本も政権が変われば、ガラッと官僚もすべて入れ替わるような体制が出来れば良いのに!って思いますね(^^)

そういった意味では、冨永さんが言うように、
主張、主張、主張・・・
糾弾、糾弾、糾弾・・・

ってあれは、見てて見苦しいですよね(^^;

だいたい、質問されても質問に答えていない答弁も多すぎですが。。。



なんか、妙に語ってしまったな~これだけ書くなら、自分の記事にすれば良かったか?(笑

これも、冨永さんのファシリテートのなせる業でしょうか?(^^)
  
by: watanabe * 2007/05/30 11:02 * URL [ 編集] | page top↑
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watanabeさん、ようこそ。

主張のための主張も
糾弾のための糾弾も
答えになってない答えも

本当に勘弁してほしいです。
個人の資質の問題もありますが
集団のあり方の問題のようにも感じています。

どのように集団として
力を発揮していくか、目的を見失わないか

これからの民主主義の可能性は
そこのところにかかっていると思います。
話し合う力、にかかっていると。

ファシリテーターオチになっちゃいましたね(笑)

watanabeさん、この2回のコメントを再編集したら
かなり長編の熱~い記事になりますよ!

是非、「しあわせをつかむ戦略経営日記」で
「今の民主主義はなってないっ」
みたいな記事を書いてください(笑)
by: 冨永 * 2007/05/30 18:58 * URL [ 編集] | page top↑
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