発創アリ。

2017 03
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1日分の退化。1日分の進化。


ちょっと前に読んだ本で
正確には覚えていないんですが
とても印象に残っている発言があります。


それは、陸上競技の本で
100m日本歴代2位の記録を持つ
朝原宣治選手が、練習について語ったことです。




>練習を一日休むと
>練習していた日の終わりの感覚と
>同じではいられない。

>だから
>休み明けの練習は
>色んなステップを踏んで
>前の日の感覚を思い出してから
>走りはじめる。



たった1日の休みの間に生ずる
感覚の「狂い」を察知する敏感さと
それを毎回取り戻しながら、次の成長を目指す地道さに
とても感動しました。


そして
一流への道が思いがけずシンプルであることを
再認識させられたんです。




次元はまったく違いますが
僕も陸上選手ですから
こういう感覚は理解できなくもないです。
かなり気をつかっているつもりです。


でも
狂いの察知とその修正を
「毎日」続け、積み上げていくことの難しさに
半ば呆然とします。


あるときは3日間、あるときは1ヶ月間
修正と積み上げができたとしても

ほんの数日、修正を怠っただけで
どこまでも狂っていく感覚。



丁寧に積み上げたことであっても
狂っていく速度のなんと速いことか。



生活習慣、食習慣をただそうとかんばったのに
ちょっと油断すると、すぐに元に戻るのとそっくり同じ。


自分の状態が日々変化していくのは
進化できる根拠でもあるけれど
当然、退化してしまう根拠でもあるわけで。



イチロー選手も何かのCMで言ってました。


>昨日の自分をちょっとだけ乗り越え続けて
>今があるんだよ


なんて。うろ覚えですが。



一流になるということは
その方法は、実は、とてもシンプルなことなんだろう。
そう思えます。



1日分の退化を察知し、修正し
1日分の進化につなげること。
それをただ繰り返すこと。
絶え間なく。



それだけなんだろうと思えます。
これが続けられる人こそが
一流なんだろうと。


方法が見えているのに
あきらめる手はないですよね。
やります。
できます。
きっと。



ファシリテーター
冨永良史


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 出来事・日記 コメント(4)
コメント
--理性と感情をコントロールするものとは?--

発創アリ。さん、こんにちは☆


書き方に左脳的なモードを感じますが、
もしかして職業病?

例えば「未来に感謝する」とは、
あるべき自分の姿を徹底的に感謝しまくることです。

そうしましますと、未来が今に変わる、つまり現実となるということです。

もちろん陸上選手なら走れなればそうなれませんから、毎日練習する必要はありますよね。

では、ビシネスの練習とは?
研究の練習とは?
芸術の練習とは?
感性の練習とは?
感謝の練習とは?


つまるところ、感謝行です。人生は。。
濁れ切った時代を自在に生きるコツのコツです。。
究極の戦略なのですね。。。

応援ポチっ☆

「助教授」



by: 「助教授」 * 2007/05/11 05:11 * URL [ 編集] | page top↑
----

助教授さん、ようこそ。

毎回コメント読ませていただいているうちに
なんだか、本当に大学のゼミにでも
通っているような気分になります(笑)

自己相対化の機会を頂いているような。。。

「左脳モード」
おっしゃる通りかなぁと思います。
職業病というより、未熟さゆえ、と思ってます。

各種アセスメントによれば
僕の認知スタイルも思考スタイルも
けっこうな「右脳モード」という結果になるのですが

その認知・思考結果を
そのままアウトプットすると
抽象的過ぎて人に理解されないので

下手な論理を使ってギクシャクする
ということになってるのかなぁ。
となんとなく、思ってます。

論理が表に出すぎる時
だいたい僕の思考は中途半端になってます。
表層的な論理を過度に一般化しているか
本来異なる複数の要素・事象を同一に扱っているか
そんな感じです。

特に感情、情緒的なイメージを
論理言語に置き換える変換コードが不足気味で
「感謝」とかの話題はつまづきますね(汗)

ところで
「あるべき姿を(に)感謝する」
という点、とても魅かれるフレーズなんですが
やはりまだ、つかみきれません。

「強く願う」と「感謝する」が同じように思えてきて
どういう捉え方をすれば良いのかが・・・。

ご教授いただければ幸いです。
by: 冨永 * 2007/05/11 11:22 * URL [ 編集] | page top↑
--大胆な回答。コメントで伝えられる限界に挑戦。--

発創アリ。さん

素晴らしい想像力をおもちですね。
さすがです。

「強く願う」とは信です。
自分の本心が強烈に信じる方向に現実は拓きます。

例えば向田邦子さんは「飛行機に乗ると死ぬ」と信じ切っていました。にもかかわらず乗ったのです。墜落して死にましたね。負の例ですが。


「感謝する」とはセルフイメージの自分をそのまま100%信じれる法に感謝することです。


どのように何をもって何に。。。
メールでは残念ですがお伝えしかねます。

コメントでの表現を超えたテーマを含んでいますし、
私の経験智を例にしなければならないでしょう。

機会あってお会いできた時に、ぜひ。。。


「助教授」



by: 「助教授」 * 2007/05/11 14:25 * URL [ 編集] | page top↑
----

助教授さん、ご回答ありがとうございます。

お会いできる機会、将来を願い、信じ
そうなっているであろう自分に感謝します。
by: 冨永 * 2007/05/11 22:44 * URL [ 編集] | page top↑
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