発創アリ。

2017 06
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1千年前の確信と今の不安。



1千年前と今とを比べれば
普通の「僕たち」が手にする


情報の量


は桁違いに多くなっていて。。。
それもひとケタ、ふたケタといった違いでは
ないのかもしれない膨大な桁違いかもしれません。


いっぽうで
普通の「僕たち」が感じられる


情報に対する確信


は桁違いに落ちているのではないか
と思います。(桁で比べられるものではないけれど)



今や
僕たちは
世界中のありとあらゆる情報を
リアルタイムで手にすることができるけれど


何が確かで何が不確かなのか


判断するすべを持ちません。
判断する暇もなく
次から次へと

情報は
そして情報によって定義された現実は
移ろっていきます。


いにしえの昔
普通の「僕たち」は

ほんのわずかな情報

しか持ち得なかったのかもしれないけれど
「誰も」が


限られた情報を
確信し
時に
信心し
行動の拠り所としていた


のではないでしょうか。


古来の伝承
今もその姿を残す建築物


を見るにつけ
そこに込められた
昔の「僕たち」の「確信」を感じます。


今の「僕たち」は
知っていることは増えたけれど
未知の闇は後退したのかもしれないけど

すべては不確かになって
不安は膨らんでいっているような

そんな気がします。



僕たちは今

情報の
量ではなく
確信をこそ

増やさなければならないのではないだろうか。
そう思えるんです。


ファシリテーター
冨永良史

皆様の「確信をもったクリック」を
「不安」におびえつつ待ってます。
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