発創アリ。

2017 06
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意識の高まり。

環境ISOについての新聞記事。
要約すると以下のようになる。

環境ISOの認証を更新しない自治体が相次いでいる。
理由は認証維持コストがかさむため。
紙の使用量の削減など、一定の効果が見られたため
自己宣言でも効果は維持できる。
環境ISOに賛同する人たちからは
民間への波及の恐れ
せっかく高まった環境意識の低下の恐れ
が指摘されている。
(以上)

気になるのは
「民間波及」と「環境意識低下」
のところ。

「民間波及」の意味するところは

官がISOを取れと言ったから取ったのであって
官が更新しないのなら、我々もしない

ということ。
「環境意識低下」の意味するところは

ルール、マニュアルが無くなるのなら
廃棄物削減も、省エネも持続しない、できない

といことである。
つまるところ、
ISO的な「縛りがなければ結果は出せない」
ということであり

意識の高まり」など
実は、もともと期待されていないことが見えてしまっている。
官が考えていたのは
「縛りで効果を出す」
ということであり、環境意識を高めることではない。

意識の高まり、と見えたのは
環境に対してではなく
ルールから逸脱することに対する意識である。

みんなが守っていることから外れるのは嫌だ
ということであって

環境の一部である人間を意識したものではないだろう。

それは、外発的動機付けに過ぎず
内発的動機付けは、ついになされていない。


環境問題は
あらゆる人を巻き込まなければ解決しないものである以上
縛りで人を動かす必要性は、大いにあるだろう。

しかしながら
「まず、縛り」になっているところが効果の持続性への
可能性を閉ざしている。

信じられているという実感が弱ければ
裏切ることへのハードルは低い。

信じることから始めたい。

痛い目にあうからやらない。
ではなく
○○○を実現したいから、やらない。
でありたい。








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