発創アリ。

2017 06
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数値は目標か?
目標はできるだけ数値化しましょう。
でないと、達成、未達成が判定できませんから。

と、よく言われます。
学生の時から「点数」を競っているわけですから
心のどこかで違和感を感じながらも
社会では、この「わかりやすい」目標管理制度が
主流になっています。

しかし
この「わかりやすい」目標管理制度のもとで
何が起きているか
は、よく振り返るべきです。

そこで起きているのは

すべてに優先する数値の追求

です。

企業であれば
月末、期末の「売上げ作り」
どんなことをしても数値を達成しようと
あらゆる仕事を「換金」しようとします。

この時の判断基準は
数字になるのか、ならないのか?
であって、決して
やりたいか、やりたくないか?
ではないし
意義があるか、貢献できるか?
でもないのです。

すべての企業、あらゆる場面でそうだ
とは言いません。
が、期末の追い込まれた時、多かれ少なかれ
信じていたはずの理念や方針は脇にどけられ
数値を達成するための手段に対する判断基準は甘くなり
数値を血眼で追うのです。

ここで考えなければならないのは

売上げの数値こそが
テストの点数こそが
成し遂げたい、成し遂げるべき目標だったのか?

ということ。

これは、断じて「NO」です。であるべきです。
企業に社会性、精神性が求められる
知識社会において
売上げ数値こそが目標である
などと思っていたら、市場からの退場は間近です。
テストの点数が高いだけの学生が
社会から期待されていないのは、言うまでもありません。

では、常に追い求めるべき目標は何か?

それは
自分たちの信じる価値を社会に広める
であったり
その価値自身を高める
であるはずです。

「売る」とは
信じる価値を世に問う、「布教」に近い。
「高める」とは
より信じられる価値を見出す、「修行」に近い。

そう、思います。

数値化された目標はゴールではありません。
それは単なる指標。

何キロ走ったか
が問われるのではなく
走ることで、何を世に問うたか?
走ることで、何を身につけたのか?
が問われるべきです。

企業が期末に売上げに血眼になる姿は
学生がテスト前日に徹夜で丸暗記し、点数を確保する姿
に重なります。

テストが終われば、すべてを忘れ
何も身についていない。
何のための勉強でしょう。
決して点数という数値が目標ではないはずです。
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