発創アリ。

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言葉のパズル。

おさない頃
遠足のバスの中で初めてやって
大笑いしたレクレーション・ゲーム。


みんなが小さな紙を持ちます。
そこに

だれが?
いつ?
どこで?
だれと?
何をする?

に対する答えを
ひとつの紙にひとずつ書きます。


だれが?の紙、いつ?の紙・・・を
それぞれひとまとめにして袋に入れます。


それをくじ引きみたいに
ひとつの袋から一枚ずつ引いていって
できた文章を読むわけです。

それだけ。


でも
みんなで腹を抱えて大笑いした記憶が
あります。


珍妙な文章が出来上がるんです。
次から次へと。


中田くんが
昨日
交番で
アヒルと
腕立て伏せした


とか。
こんなわけのわからない文章が
唐突にできて、すごく面白かった。

たまには

木下君が明日、教室で雪子さんとキスをする。

なんて、ちゃんとした文章ができて
当事者が真っ赤になっちゃったり。


さて
いったい何が言いたいのか
といいますと。


普通、だれでも
文脈、文法、言葉の意味
に従って文章を作ります。

ということは
思考を進めます。


言葉の意味から連想される
次の言葉というのは
けっこう限定されていて

交番でアヒルと結婚する

なんて文章は連想されないわけです。


これは
新しいコトを考えるのに
実は大きな障害になっているのではないか?


と考えるわけです。


アヒル

ときたら

ガァガァ



交番

ときたら

おまわりさん


この決まりきったパターンを
崩したところから
突拍子もない何かが生まれるのではないか?
と考えるわけです。


それをゲームにしたのが
冒頭のお話ですが。


これは
そのまま発創法に使えないか。


だれが、いつ、どこで、だれと、何をする


これを、全部バラバラにして
適当につなぎ合わせてみる。


アイディア、文章のピースをばらして
違う図柄ができないか、色々試してみる。


言葉のパズル。
パズルだけど
正解は決まってない。


何かできないかな
ってみんなでいじくりまわす。


そういうゆとり
欲しいですね。


ファシリテーター
冨永良史

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 発創って何だ? コメント(6)
コメント
--良いこと教えていただきました。--

発想の転換ですね!
やはり私も既成概念の枠に囚われてますね!
メルマガを発行していますが、煮詰まることも・・・
TVを見てる時、運転中、買い物中、とにかく何か無いか?常に考えてます。
頭をやわらかくするのに役に立ちます。
良いこと教えていただきありがとうございました。
ポチ♪
by: アイドル * 2006/12/07 10:33 * URL [ 編集] | page top↑
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アイドルさん、こんにちは。
お役に立てて良かったです。
ちゃんと考えているつもりでも、自分が考える「ちゃんと」は、「たんなるクセ」だったりして。
考えるって、いっつもキチッとしてなくても、デタラメ、グチャグチャの時があった方がいいのかな、とか思ってます。
by: Tominaga * 2006/12/07 18:08 * URL [ 編集] | page top↑
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小学校の時にはまったゲームです。大好きでした。今もやってみたい一つです。
来週の1年の授業でやってみようかな?
(正直、いつも前日から当日朝まで緊張の中授業計画を錬っています。やばい!)
ただ、現代の若者に対しては、これをやる前に「何をする」のブレスト(200ほど)が必要かと思います。
by: kinda * 2006/12/09 23:29 * URL [ 編集] | page top↑
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金田先生、コメント連打ありがとうございます。
これにちょっと似てるんですが、コラージュっていうんでしょうか、雑誌とかから写真、イラストを切り取ってきて、ひとつの紙に好きなようにベタベタ貼り付けて「作品」を作るコト。
僕はそれが大好きでした。「難しい顔をしたオジサン」と「ドラえもん」と「富士山」が隣り合うときに生まれる、まったく見たことのない配置・景色に、ひとりゾクゾクしていました。その後遺症でしょうか、思考の収拾がつかないことが多いですね(笑)

若者には「何をする」のブレストがまず必要というのは意味深でした。脳みその中に「動詞」が少ないということは、現実に対する働きかけ方のプログラムが少ないということでしょうから、なんだか寂しいですね。どうしてそうなっちゃってるんでしょう。
by: Tominaga * 2006/12/10 11:04 * URL [ 編集] | page top↑
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一つの要因として小さい頃から「あれやっちゃダメ、これやっちゃダメ」と言われてきたり、「そんなことして何になるんや!」と注意されたり、ということが影響しているのでは?と考えています。いわば「ダメだしの青春」。
あと、社会で活動している人(大人)のアクションが目に見えてこない、ということもあるかと思います。つまりサンプルが見えないということです。
見えるサンプルは「申し訳ありませんでした」と頭を下げる人々かも知れません。未履修問題で生徒に頭を下げる先生達の姿を見て「わぁ~、学校の先生になりた~い」という生徒がいたらどうなるでしょうね。明日は我が身かもしれませんが・・・。
by: kinda * 2006/12/11 23:02 * URL [ 編集] | page top↑
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金田先生、こんにちは。
確かに大人社会のサンプルは悲惨です。
大人社会のいじめもかなり深刻だとか。
そんな社会の住人から、子どもに何を言っても無駄かもしれません。大人社会が自らの行動で(言葉でなしに)、教育しないといけないのでしょう。教育責任を先生に問うのは、あまりに押し付けのように感じます。
by: Tominaga * 2006/12/12 21:39 * URL [ 編集] | page top↑
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