発創アリ。

2008 11
10 ← 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 → 12
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 スポンサー広告 コメント(-)
市場を規制する。



メディアに「市場」「金融」が
登場する頻度が、急上昇して
ヒステリックに連呼されています。


僕は、経済アレルギーというか食わず嫌いなので
本当は知らんぷりしたいのですが

今の緊密化した世界の中では
あらゆる分野の出来事が、いつの間にか自分の生活を
根底から揺さぶるという仕掛けになっていることは
認めざるをえないわけで

そうなると、こりゃ、ちゃんと勉強しないとダメかな。。。
と勉強嫌いにムチ打たざるを得なくなってきてます。


というわけで
「金融、市場」というキーワードでフィルタリングされる
あらゆる報道を片っ端から「読み流す」ようにしてみました。

膨大な英語を毎日聞き流しているうちに
英語ができるようになる。という理屈の応用編ですが
はたして、効果あるでしょうか。。。。



ざっと読んでみると、今日現在で一番の頻出ワードは
「規制、監督」のようです。


金融危機を招いたのは
市場に対する規制・監督が機能していなかったからだ。
だから、再発防止のためには、規制・監督を強化しよう。


という論理になっています。
フムフムなるほど。。。と思って読んでいたのですが
なんだか、結局、腑に落ちないところがあります。


規制・監督強化の目的は
金融危機の再発防止。。。


なんとなくスジが通っていますが
何も言ってないのと同じのような気もします。


規制・監督というのは
「ある行為を許さない」ということで
裏を返せば「それ以外の行為は認める。推奨する」ということです。


つまり、規制・監督強化によって
市場は、ある方向への動きを後押しされるはずです。


でも、どの報道を読んでも

規制・監督強化によって
これからの金融市場をどの方向へ導くのか?
そもそも、金融によってどんな生活や文化を創るべきなのか?
そのために、「何を」規制・監督するのか?

といったことが、わからなくて、困っています。



手続きが煩雑になるばかりで
自分たちがどこに向かっているのか忘れてしまうという
お役所病、大企業病に似ているようで

コレが僕の不勉強に由来するものであることを祈りつつ
また、金融報道の猛勉強に勤しみたいと思います。



ファシリテーター
冨永良史
スポンサーサイト
 出来事・日記 コメント(0)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。