発創アリ。

2008 10
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学力テストに思う。



大阪府で橋下知事の強力な意向のもとで
学力テストの市町村別成績が公開されました。


公開されるまで
ずいぶんと綱引があったみたいで。。。


「公開すれば
 市町村の序列化につながる」


これは、正しいようにも思えます。
序列化は、おそらく、誰の中にも既にあはずで
(先入観、偏見というレベルで、確実にあるでしょう)
公開によって、それを強化、正当化する恐れがあるというのが
正しい表現だとは思いますが。。

概ね、気持ちは、理解できます。
一方で、ビシビシの圧力環境にさらされたくないという
教育現場の「逃げ」にも、見えなくないです。



「公開することで
 教育に真剣に向き合ってもらえる」


これは、ビジネス社会では完全な正論です。
あらゆる成果は公開され、競争にさらされ
それによって、淘汰や創造が生じているのが
日常で、ごく当たり前のことです。


しかし、これを「学校教育」の改善に帰結させるなら
それもまた、政治の「逃げ」に見えなくもないです。

地域社会の状態とか家庭環境とか
その地域に住むことでどれだけの希望を感じられるかとか

そういう要因は、学校教育や家庭教育だけでは
なんとも解決しようがないことに思えますから。




僕には、正直言って、よくわかりません。


全国平均を大きく下回る成績をとるということが
何を意味しているのか?

なぜ、自治体によって
こんなにも差が生じるのか?


環境要因というのは
そんなにも大きいのか?

最悪の環境から
志を立てて、ノーベル賞にまで辿り着く人がいます。



当時は志が立てやすい時代だったのか?


そのようにも思えますが
そうでないようにも思えます。



わけがわからない考えを巡らせながら
ふと思いついて、辞書を引きました。


体験・・・自分が実地に経験すること。

経験・・・実際に見たり聴いたり行なったりしながら
     まだしたことがない状態から、したことがある状態にうつること。
     それによって、知識・技能が身につくこと。



体験の定義に「経験」が含まれるのですから
結局、どちらも同じ意味なんですけど
経験の方が、知的に昇華(消化)されている感じを受けます。



他者との比較ありきで、どうしたら点数が上がるのか?
という姿勢では、体験をじっくりとかみしめて経験へと昇華する
学びは生まれないでしょう。


何が悪いのか?どうしたら良くなるのか?を
成績上位も下位も、公然と議論することなしに
成績公開は、「嫌な体験」にすぎず
教育の場に新たな知識を生み出すことはないでしょう。


学びとは
圧力にさらされる必要がありつつも
きわめて個別的なものであり続けなければならない


そのアンビバレントな思いが
僕の現状です。


ファシリテーター
冨永良史
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エジソンに学ぶ。
小学校の頃
自分の誕生日が
有名な人と同じだということを
自慢しあうような、ヘンな流行りがありました。


それで、僕も一生懸命調べたんです。
自分の誕生日に誰が生まれたのかを。。。


江戸川乱歩と徳川吉宗とノーベルでした。


それなりに、有名な人がいてくれて
嬉しかったのですが、一番、心ときめいたのは


エジソンが電球を発明した日
電球に光が灯った日と
僕の誕生日が同じだったことです。


少なくとも、僕が小学生の頃
エジソンの伝記マンガによれば
僕の誕生日と同じ日に電球に光が灯ったことになってました。


後に知るところによれば
実際に電球を発明したのは
別の人だったらしいのですが。。

ま、それは置いておいて。。。


僕は勝手に
エジソンに親近感をずっと抱いていたわけです。


その、エジソンが言ったとか、言わなかったとか
言われている、有名な言葉が
(正確には覚えていませんが。。)


ある実験が100回失敗したことについて


「100通りの失敗方法を学んだ」


と言ったそうです。



僕は、落ち込みそうになったとき
いつも、この言葉を思い出します。

これは、単なる、恐るべきプラス思考ではなく
現実に対する、真摯な姿勢だと思うからです。


成功だとか、失敗だとかは
僕たちの個々の価値観によって区別されるもの。
それにとらわれることなく

ある方法がどんな結果をもたらすのか
それだけを真摯に受け止めることから
成長がもたらされるんだと
思いなおすんです。



価値観から自由になって
今、目の前で、起きていることは
どういうことなのか?


まっすぐな目線を向けたいと
気持ちを新たにさせられる言葉です。



ファシリテーター
冨永良史
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