発創アリ。

2008 03
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ヒラメキと実現の間の断層。




昨日の「アイディア栽培学」の続編です。



ちょっと前、NHKで爆笑問題の「ニッポンの教養
という番組を観てて、印象に残ったセリフ。


「おもろい発想は誰にでもできる。
 それを実行にうつすのが独創だ。」


京大の先生の発言でしたね。


僕がいつも考えていることズバリだったので
脳みそにファイリングしておきました。



ヒラメキは万人にあると思います。
量の多寡とか、質の高低の差はもちろんありますが。


だけど、それを実現する前に
ほとんどのヒラメキが雲散霧消してしまいます。


だから、アイディアを育てる「栽培学」が必要だと
昨日の記事に書きました。


この栽培学の根本が「話しあいの作法」だと思うんです。


輝くばかりのヒラメキも
人に伝えて、納得され、協力を得なければ
実現にはたどり着きません。


ヒラメキと実現の間には「断層」があるんです。
ヒラメキと実現は直結しません。

ヒラメキは伝えて、練磨し、増幅し、感染しないといけない。
そうしないと実現しないんです。


ヒラメキと実現の間にある断層を埋めるもの。
伝え、練磨し、増幅し、感染させるもの。

それが「話しあい」です。



ある組織が話し合いの作法に熟達すれば
みんなの頭の中にあるヒラメキが実現へと橋渡しされる可能性は
グンと高くなり、その組織の生産性は向上します。


一方で、天才インテリ集団であっても、話し合いの作法が未熟であれば
超絶的なヒラメキも、少数の天才の脳裏にとどまり
その組織の生産性は、凡人集団に遅れをとることになるでしょう。



いかに天才を集めるか?

これは、当然ながら、組織の重要課題です。
しかし、一方で、天才集団でなくても

いかに話し合いの作法に熟達するか?

これも、組織の生産性、創造性を左右する重要課題なんです。
天才を集めることは、非常に困難な課題です。

であるからこそ
あらゆる組織にとって

ヒラメキと実現の間にある断層を埋める
「話し合いの作法」に熟達することは

最重要課題のひとつではないでしょうか。
しかも、この課題は、未開拓なんです。
本気で着手している組織が、あまりにも少ない、未明課題なんです。


これは、実は
すごい金脈だってことですよね。。



ファシリテーター
冨永良史


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アイディア栽培学。




僕達の脳みそ
完全に空っぽっていう状態は
実は、そうそうないです。


いっつも
何かがモヤモヤと思い浮かんでます。
真っ白にはなかなかなれません。



で、もし
思い浮かんでいるものすべてが
すごい革新のタネだとしたら?



決して夢物語でなしに
そういう解釈って、十分アリだと思います。


ふとした感情、気持ちの揺れ
思いつき、なぜか気になる景色
なぜか腹立つあの人の表情。。。


こういう、フッと一瞬
頭をよぎるいろんなことを
もし、丁寧に摘み取って、保存して
いろいろ組合せたり、融けあわせたりできたら。。。


きっと毎日
すごいアイディアが生み出せると思います。


だけど。。。
こういう一瞬の思いつきは
ほとんど、消えてなくなってしまいます。
口にされることすらなく。



アイディアって
生まれるものというより
汲み取って、育てるものだと思うんです。


放っておいても生まれない
タネがあっても、発芽しない。


すべてのタネに可能性があるって思ってあげて
普通の作物のタネと同じように育成環境を整えてあげて
発芽したら、水と養分を与えてあげて。。。


そのくらいしないと
アイディアってモノにならないんじゃないでしょうか。


それは、自分の中での栽培もあるし
チームの中での栽培もあります。


自分で自分のアイディアに栄養あげないといけないし
チームの中でも、ポッとひらめいたアイディアを
可能性の源として、丁寧に育ててあげないといけない。


アイディアって
生まれるものというより
育てるもの。

アイディアはもともと
とても弱いものだから。。。

だから
アイディアが育つ環境に目を向けて
それを整えるのってとても大切。


今の世の中、組織
アイディアにとって厳しい生育環境です。


というわけで
アイディア栽培学でした。



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冨永良史

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話しあいは偶然と必然の間に。




偶然
・・・自分の影響力の外にあること。
・・・いつ何が起きるかわからない。


必然
・・・自分の影響力の内にあること。
・・・いつ何が起きるのか予測できる。



世の中の出来事は、ほとんどすべて
偶然だけでもなければ、必然だけでもなく
その混在した状態で起きています。


だけど、おかしなことに、僕達の受けとめ方は。。。


すべてを偶然のせいにしてしまったり
すべてを必然のせいにしてしまったり


非常にデジタルになってしまっているような気がします。




「話しあい」の「質」はどうでしょうか?



どれだけ中身の濃い話しあいができるか?
それは、偶然でもあり、必然でもあります。


きっちり段取りをして
資料準備をし
根回しをし


それにのっとって進行するだけでは
話し合いの中身は濃くなりません。



すべてを偶然まかせにして
いきあたりばったりでも
同様です。



話しあいの質は
メンバーの能力や議題設定の良し悪しによっても
大きく影響を受けます。
つまり必然の部分も多くありますが


その場で「起きる」生々しい感情、雰囲気の変化を
どれだけリアルタイムで
話し合いの中に組み込んでいけるか?


という、偶然を必然の中に混ぜ込んでいく進行が
とても大事になります。


筋書きの決まりきったトークショーが面白くないのと同様。
どれだけ緻密であっても、アドリブが効かない話しあいなど
面白くもありませんし、生産性、独創性も高くはなりません。



何を言い出すかわからない参加者
突然わき起こる、盛り上がり(盛下がり)
対立、共感、共鳴


それらのリアルな生々しいものを
生け作りにするような進行スキルは
ファシリテーターにとってとても大切なものでしょう。


学ぶのが最も難しいスキルでもあり
ファシリテーターを志していなくても
こういうスキルを、人生経験の中からすっかり身につけている人も
かなり存在するという根本的な生きる知恵のようなスキルでもあり


ということで
一生懸命生きることは
貢献できるファシリテーターへの近道なんだと
なんだか、落ち着いた気分になったのでした(笑)

独り言ですいません。(いつもだけど。。)



ファシリテーター
冨永良史


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組織活性化を邪魔するもの。



例えばですが
集中力とか持続力に、ひじょ~に弱点を抱える僕にとっては
ほんのちょっとしたことで、仕事の効率・成果がガクンと落ちます。


特に心理的なことの影響が大きいですね。

嫌いだと思う、追い詰められる、遠慮する
不安になる、嫌悪感を持つ、ネガティブになる。。。

こういう「感情」に類することというのは
「ポジティブにいこう!」のひと言で片付けるには
なかなか。。。いかんともしがたいものがあります。


数日前の「自由人」の記事とは
ちょっと矛盾しますけどね。。。
ま、現実、そういうものです。



で、僕達は、こういう、いかんともしがたい感情に
邪魔されながら、日々の仕事を営んでいます。


こういうのは、ま、しょうがないことだと。
社会生活には、つきものだと。
組織に属する以上は、どうしょうもないと。



だけど。。。


こういう「ちょっとしたネガティブ感情」が
間断なく僕達の意識の一部を占有するのが日常だとして
それって、ものすごく、僕達の「生産性」を落としてるように思います。


集中が必要な仕事の真っ最中に
ひっきりなしに電話がかかってくるようなものです。


電話それ自体は、たいしたことでなくても
それが積もり積もって、僕達の成果は、ガクンと落ちる。



僕達は
日々課題をたくさん抱えて仕事してますが

自分の意識のうち、どのくらいの割合を
課題解決に集中できているかと言えば。。。
実は、あまり高くないことが多いのではないでしょうか。。。


人間関係を源とするネガティブな感情
というものは、自覚している以上に
僕達の意識を、常に、けっこうな割合で占有しています。


そういう人どおしの集まりである組織が
ドンヨリ曇ったような空気を身に纏ってしまうのは
必然のような気がします。


もし、例えば。。。


組織のすべての人が
こういうネガティブな感情を半分にできたら。
そして、減った分の半分を、課題解決に向けることが出来たら。


組織は
同じメンバー、同じ仕事で
生産性だけが、飛躍的に向上する

ということになりはしないでしょうか?


「生産性向上」は、常に求められるものですが
その手段として、仕事のやり方の変更だけでなく
組織内の人間関係を源にする「感情」の変更に目を向けることは
非常に価値あることだと思います。



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因数分解から会議活性化。


どうすれば中身のある会議ができるんだ?


漠然とした悩みは
具体的にすることが解決への近道でしょう。


漠然としたものを具体化するために
僕が常に使う方法は


因数分解です。



会議とは、どんな因数=要素で成り立っているのかを
思いつく限り分解してみます。


会議を構成する因数は。。。


会議室
告知・案内
レジュメ
議題
ホワイトボード
机・椅子
参加者
決裁者
進行者
照明

開催時間
終了時間
人間関係
感情
気温
会議前の出来事
会議後の予定
進行順序
インテリア




ランダムに挙げましたが
まだまだたくさんありそうです。


で、僕達は人間なわけで
人間ですから、ありとあらゆるものに
何らかの影響を受けて、日々の生活を営んでます。


これらの因数は「すべて」
僕達の行動に影響を与え
つまり、会議の質に影響を与えています。


これらの因数、ひとつひとつについて
僕達の行動にどんな影響を与えるのか?
プラス(マイナス)の影響はどんな状態で生じるのか?
何をどう変えれば良いのか?


などをつぶさに検討し、実行し、検証することで
抽象的な問題は、具体的な解決へと導かれるのだと思います。



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会議における対話の組合せ。




これは実験に値します。
ごく簡単な実験です。
誰でもすぐできます。



ある会議で
誰が誰に向けて発言したかを
逐一記録していくんです。


あ、といっても大雑把でいいです。
大まかな傾向がつかめれば。


コミュニケーションマップって言って
人の配置を書いた図に
発言の方向を矢印でどんどん記録していくのが
一般的なやり方でしょうか。



とにかく、その会議で、誰と誰が対話したかを
内容に関わらず記録するだけです。



そうるすと、見えてきます。


ず~っと対話し続ける、特定の3人。とか
ある人に向けてしか口を開かない人。とか
全然、だれとも話さず、孤島のようになってる人。とか
誰に話すともなく、全体に向けて愚痴を言い続ける人。とか


はっきり、見えてきます。



質の高い話し合いとは
誰もがいろんな人に向けて
偏りなく受発信する状態になります。


理想的には
すべての人が
すべての人と向き合って話し合えるような
そういう対話の組合せを紡ぎ出していくことは
ファシリテーターにとって、かなり高度で、かなり面白い
お仕事です。


誰と誰を対話で結んだら、どんなことが起きるのか?


想像もつかない組合せを実現して
話し合いの科学反応を起こしてみる。


そういうことを
みんなで遊び心を持って楽しめる雰囲気。
これができたら、最高です。


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冨永良史



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発言の少ない会議の舞台裏。




ごく簡単に言って
人が行動する理由は。。。


1.自分の行動によって、なんらかの成果が期待できると信じられる。

2.自分にはその行動をするだけの能力がある。

3.自分にはその行動が許されている。


このくらいに単純化できると思います。
これはかなり応用の効くチェック項目で


人から期待するような行動が得られない場合
この3つをチェックすると、自分、または、その「場」に
何が足りないのかが見えてきます。


例えば、「積極的な発言が少ない」と悩んでいる「会議」があったとして。。。
(そんな会議は、日本全国、365日、繰り返されていますが)

「なんで、みんな発言しないんだ?」

と漠然と悩むのではなく、上記3点をチェックする方が建設的です。


参加者が発言をしないのは。。。


1.自分が発言をしても、なんの影響力も持たないと信じている。

つまり。。。
・すでに結論が準備されている形骸化した会議。
・最後にすべてを決める「有力者」がいる。


2.自分には期待される発言をする能力がないと思っている。

つまり。。。
・議論が専門的、高度で、ついていけない。
・自分の仕事と議題とのつながりがわからない。


3.自分の思っていることは発言する程の価値はないと思っている。

つまり。。。
・馬鹿馬鹿しい突飛な思いつきなんて、発言してはいけないだろう。
・あの人のレベルに比べたら、自分の意見は程度が低すぎるだろう。




というわけで
発言が少ないということは
3つの条件のいずれか、または複数が満たされていない状態
ではないかと思われます。


ということは
発言を増やすには


ひとり一人の意見を尊重しながら
みんなで結論を「創る」という雰囲気にする。

何について、なぜ話すのか?
すべての人に、具体的にハッキリと理解してもらう。

無駄な発言はひとつもなく
どんな思いつきであっても価値があることを共有する。



という環境づくりが大事ですね。
会議を活性化するというのは
誰でもできる、ささやかだけど、とても根本的な環境整備にかかっている
と言えるのではないでしょうか。



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会議における視線の効用。




またまた
なんだか大げさなタイトルです。


何が
「会議における」だ。。。

何が
「視線の効用」だ。。。


まるで学術論文じゃないですか。。。
というわけで相変わらずたいしたことない記事ですので
ご期待なさらぬよう。


会議でも何でも、リアルコミュニケーションでは
視線をあわせることで相手の真意が理解できる
という利点があると言われます。普通は。


バーチャルコミュニケーションでは
相手の視線どころか表情もわかりませんから
相手の真意を誤解することも多々あります。


ですが、しかし、しかれども。。。


視線が合うということは
みなさんご経験が、たっぷりあると思いますが
とっても「息苦しいこと」でもあります。


いろんなことが伝わりすぎるんです。


「あ、この人、私のこと良く思ってない」
「あ、みんな私の意見を認めたくないんだ」
「あ、今、これ発言したら、かなりヤバイよね」
「あの表情、腹立つ~。苛めてやろうかしら」


とかとか、伝わるというより
みんなの表情から、いろいろ想像を働かしすぎて
伸び伸びと意見が言えなくなったりします。


率直に発言するには、実は
視線が合ってない方が良い
ということが、十分、ありえるんです。


そればっかりだと、深い理解には至りませんが


まず、率直に発言しあって
その後で深く理解し合えば理想的なわけで。


そのためには
ファシリテーター的には
視線を合わせない状況を作った方がいい。


要は
ホワイトボードに全員の視線を集めながら
発言を引き出すんです。

みんながお互いの視線を気にせずに
率直に発言しあう時間を創り出すわけです。

それが一段落したら、今度は
内省タイムとかをとって、自分の考えを冷静に振り返ってもらい

さらに、融和タイムとでもいいましょうか。。。
目線を合わせながら、膝詰めで、語り合いながら
新しい結論を創造していく。


ま、一例ですが
ファシリテーターの役割には
みんなの視線、意識をどこに向けるかという
とても大切なことがあると思っています。


一点集中させるのか、内に向けさせるのか、交わらせるのか。。。



目と目で通じ合うばかりじゃ
会議はうまくいかないように思います。


視線をデザインする。
これ、大事です。



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冨永良史


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自由人は何処にいるか?



大げさなタイトルのわりに
しょうもない記事です。期待しないで(笑)



人は
多かれ少なかれ
「自由人」に憧れます。



僕は、ある芸術系の仕事をしている方が
さりげなく


「僕は自由人ですから」


と仰ったのを目の当たりにして
脳みそ激震した覚えがあります。


「自由人というアイデンティティがあり得るんだ」


みたいなショックの受け方だったと思います。
自分の感性、直観、表現技術で勝負し、生活している方でした。
真似できないなぁ、と束縛まみれを実感していた、当時の僕は思いました。



なぜか今日の朝
「自由」という言葉が頭から離れなくなりました。


あらためて考えたんです。
自由の源って何処にあるんだろう?
って。


単純なことを再認識しました。


自由人は、特別な職業の人、特別な階層の人にだけ
許される立場じゃないんだいうことを。



僕達は
現実を知覚し、判断します。
「受けとめて」「考えて」「決めて」「行動する」わけです。


この中で、自由にならないプロセスって
実はひとつもない。

自分が置かれた現実は自由にはなりませんが
受けとめ方、考え方、決め方、行動の仕方
これらすべてが、ほとんど自由です。


どんな境遇に置かれても
僕達は常に、自由人なんだという根拠を
自由に発想してみました。


アウシュビッツに囚われた
フランクル博士は自由人のお手本だろうと
そんなこともにも思いを馳せる、自由な夜のつぶやきでした。



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冨永良史

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 出来事・日記 コメント(4)
目標の数値化とイメージ化。




目標は数値化せよ。



これは目標管理の基本として
繰り返し言われることです。


達成未達成が不明な目標は
目標としての効力が弱いからです。


なぜ効力が弱いかと言えば
「未達成がハッキリしてしまう」というプレッシャーが
かかりにくいから、というのが大きい理由でしょう。


極論してしまえば
目標の数値化とは
心理的には、罰則による管理と大きな違いを持たないわけです。



この側面を軽視すると

数値目標によって、行動は生み出せても
それを維持・発展させるモチベーションが生み出せない

という組織の長期的生産性・創造性にとっては
かなり悲しい結末になります。



数値化が悪いのではなく
片手落ちなんだろうと思います。


目標の数値化と同時に
イメージ化が必要ではないでしょうか?



イメージ化とは
達成したときの魅力ある状況を
ありありとした言葉・画像として描写し共有することです。


この目標を達成するということは
こんなにも素敵な状況になるということだ。


というイメージをリアルに共有することで
達成へのモチベーションが生まれます。


数値化の本質が罰則であるとすれば
イメージ化の本質は報償なのかもしれません。


達成することによって
なんらかの報償を得ると言う意味ではなく


達成そのものの魅力が報償になり
それによって行動が引き起こされていきます。



目標の数値化とは
それを実行する僕達人間の心理の
半分にしか訴求していないということをふまえ

目標のイメージ化に
もっともっと力を注ぐことが大切だろうと

かなり疲れ気味の労働最前線を見るにつけ
思われてなりません。




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冨永良史



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 出来事・日記 コメント(0)
動的均衡ってすごい言葉だ。



ベストセラーになった本
「生物と無生物のあいだ」(福岡伸一著)


に確か、書いてあったんです。



動的均衡



これは、すごい言葉だと感じ入って
本の中身はスカッと忘れましたが
この言葉だけは、ずっと記憶しています。



何がすごいって。。。


「動的」に「均衡」してるわけです。


生物というのは
おしなべて、動的に均衡している状態だそうです。



何がすごいって。。。


普通、均衡というのは「静的」なものです。
すべてが、収まるべき所に収まって
「ちんまり」と行儀良くしているからこそ均衡できるんです。


それが、僕達の日常の発想。



だけど、そんな発想をしている僕達「生物」は
ちっとも「静的」でなく、「ちんまり」してなく

常に変化し、動き、入れかわり、つまり代謝し
外世界と要素を交換しながら、つまり「動的」に

ひとつの「生命体」「個体」として
ずっと「同じ状態」で「均衡」してるわけです。



で、何が言いたいか。



僕達が、自分の頭と手でデザインするものは
たいていが「静的均衡」を志向してるんです。

つねに、自分の思うとおりに、収まるべき所に収まれ!
それで、カタチがキチッと整っているのが最高だ!

と志向している。
物体をデザインする場合はそれでも結構ですが


僕達がデザインするものの中には


組織、コミュニケーション


といった、とっても生々しいものがあるんです。
これも、物体と同じように「静的均衡」を理想としてデザインしてる。
そんな気がしませんか?


組織図をカッチリと書いて
職務分掌をスッパリ決めて

事業計画をパキパキに固めて
授業プログラムをガチガチに計画して


すべて静的均衡を目指しているように見えます。


だけど、でも、しかし。。。
これらの実行主体は、生命体としての僕達であって
その僕達は「動的均衡」が原則なんですよね。。。


実行主体としての僕達は
常に変化し、外と影響しあい、入れかわり、同じところにとどまらない。


動的均衡を原則とする主体が
静的均衡を原則とする対象に取り組むと

主体が壊れるか
対象が壊れるか

どっちにしても行き詰まりのように思えます。



動的均衡を前提に
組織、コミュニケーションをデザインする。


これは、これからの
とても大切なコンセプトだろうと予感しています。



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冨永良史


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 出来事・日記 コメント(2)
メリット・デメリット法のデメリット。



いくつかの選択肢の中から
ひとつを選び取るときに


それぞれの
メリット、デメリットを挙げて
相対的な優位さを検討する


という方法をとることが多くあります。
得することと損することを公平に見極めることができて
優れた考え方です。


しかし、一方で、この方法には弱点があるようにも思えます。


メリット、デメリットという概念の中にすでに


メリット=良いこと
デメリット=悪いこと


という「価値」が含まれているということです。
これによって、選びたいもののメリットを多く、デメリットを少なく
または、選びたくないもののデメリットを多く、メリットを少なく
という恣意的な思考が入り込みやすくなります。


もちろん、ファシリテーターが中立性、公平性、客観性を維持するならば
このような弱点は少なからず解消されるのですが
ファシリテーターも内部の人材である場合
組織の常識に縛られて、なかなか上手くは振舞えないのが現実です。


こういう時には
価値を含まない中立的な枠組みを用意して議論することが有効です。

例えば、それぞれの選択肢を導入した場合に


ふえるものは何か?
へるものは何か?


という枠組みで考えると
増えるからといって良いことばかりではありませんし
減るからといってわるいことばかりではありませんから

現象の全体を公平に予測することが出来ます。


そうやって、全体を予測してから
予測された現象を、メリット、デメリットに分けていくという方法は
メリット、デメリット法のデメリットを補うばかりか
素朴な発想をとりこぼざすに議論できるというメリットがあります。


僕達の思考スタイルは
あまりにもメリット・デメリット法に慣れすぎているように思います。



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冨永良史


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 出来事・日記 コメント(4)
会議力を磨く、物語トレーニング。



1対1の話しあいと
5人、10人の会議の話しあいでは
求められる対話スキルにかなりの違いがあります。


1対1ならば
相手の伝えたいことをしっかり受け止めて
それに自分の考えを溶け込ませたり、対置させたりしながら
対話を進めれば良いでしょう。


しかし、5人、10人の会議では
すべての参加者の意見を同じ土俵に上げて
それぞれがどんな関係にあるのかを考えながら
ひとつの結論に向けて、色々と組みあわていくことが必要です。


異なる視点からの意見が、どんどん場に放り込まれ
それを紡ぎあげるというスキルが必要です。


どんな会議であっても、実は
この難易度の高いスキルが求められていて
人間の脳みそは、特別なトレーニングなしでも
そんなことを、それなりにこなしていたりします。


さて、この「紡ぐ」スキルを磨くトレーニングがあります。
アイスブレイクの一種として使われることがあるようですが
会議力養成にぴったりなんです。


正式名称(あるのか?)はわかりませんが
僕は、物語トレーニングと呼んでいます。


要は、みんなで物語を紡いでいくんです。


やり方は・・・


参加者が輪になって椅子に座ります(机なし)。
人数は何人でも。20人くらいまでが面白いでしょうか。
物語の主人公をみんなで決めます。
その場の誰もが知っている人がいいでしょう。

誰か物語の語り始め役を決め、そこから物語を始めます。
ただしひとりが1文だけ物語ります。
例えば、「あるところに、●●さんが、犬と住んでいました」

時計回りで、隣の人が、その物語を同じように1文だけ進めます。
例えば、「ある日、●●さんは、犬と山に散歩に行きました」

という具合で、物語を次々に進めていき
輪が1周したところで、物語が完結するように
みんなで語り進めていく。


というトレーニングです。
自分の番が来るまで、何を話そうか考えていても無駄です。
それまでに、誰がどんな物語にしてしまうか、予想できませんから。
意地悪で突拍子もない展開にしてしまうのも面白いです。主人公が死んでしまうとか。。。

次々に語られる物語をよく聴いて
誰が登場して、どこで何をしているのか、どんな場面展開をしているのか
しっかりとイメージし続けていることが必要です。


物語は、平板よりも、起伏があってこそ面白くなります。
波乱に富みつつも、ひとつの旋律があると理解しやすくなります。
そういう物語をみんなで作るんです。


これは、会議のおける理想的なコミュニケーションと
非常によく似ています。

予定調和の会議にするなら
あらかじめ想定した発言を淡々とすればよいでしょう。

しかし、活力とアイディアが溢れる会議にするなら
次々と新しい展開を生みつつも、ひとつの旋律をみんなで奏でるような
物語作りのようなコミュニケーションスキルがとても重要になってきます。



会議力を磨く
物語トレーニング


効果ありますよ。



ファシリテーター
冨永良史


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 発創する会議術 コメント(0)
太陽、独り占め。



おはようございます。



朝の散歩から帰ってきました。
途中、とても力のわいてくる出来事がありました。



僕の前にまっすぐに続く、雪化粧した道。
そのはるか延長線上から、太陽が顔を出して
僕を照らしてくれました。


本当に、正確に、真正面から太陽の光を浴びました。
まっすぐに続く、真っ白な道の、真正面から太陽の光。
その道には、僕以外、誰の姿もありませんでした。



太陽を独り占めできた気分の朝。
今日もいい日になりそうです。




ファシリテーター
冨永良史


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 出来事・日記 コメント(2)
雪の朝。足跡。





おはようございます。



明け方、久しぶりに
雪が降ったようです。



早起きした気持ちの良い朝に
さっとカーテンを開けると
屋根も道路も車も
うっすらと白い雪が覆っていました。



もうやんでいたので
朝のウォーキングに出かけました。



いつものコースには
まだ誰の足跡もなく
最初の足跡をつけるのは
なんだかとても気持ちが良く
歩くスピードもだんだんと速くなっていきます。


振り返って
自分の足跡を見返しながら


「僕の前に道はない。
 僕の後に道はできる」


なんて。。。
どこかで聞いたことのあるセリフを
思い浮かべたり(笑)



河川敷のジョギングコースには
ひとりぶんの足跡が先着していました。


真っ白なロードに
くっきりと残された
元気そうなジョガーの足跡を見つけて
体がホカホカしてくるような感じで
僕も少し走り出しました。


人の足跡って
元気をくれるものなんですね。



足跡をたどりながら
のんびりジョギングをしていると
太陽が昇りはじめ
あたりが急に明るく、温かくなってきました。



僕の体は
ますます温かくなり
走るスピードもぐんぐんと速くなっていきました。



雪の朝
自分が最初につけた足跡に得意になり。
見知らぬジョガーがつけた足跡に元気になり。
そして太陽の光を浴びて、ますます元気になりました。


今日も生きてるなぁ。。。



ファシリテーター
冨永良史


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祈りと願いと要求と。



たったひとりで生きるのではなく
誰かと一緒に生きている以上は
相手に何かを求めあうことがどうしても必要です。


話しあいとは
お互いの欲求が交差し融けあい、時に衝突する場
とも言えます。


その話しあいがうまくいかない理由のひとつに
欲求の時間軸というか、欲求実現の期限が
あまりに短期に設定されている者同士の話しあいになっている
ということがあると思います。


「●●をスグにでも実現したい」


と思っている人同士が話しあえば
●●の内容が少しでも違っていれば
話しあいがまとまることは非常に難しくなります。


お互いに
自分の欲求の締切期限に自覚的で柔軟であることは
深い話しあいを実現するための
ひとつのポイントかもしれません。


「欲求、何かを望むこと」をあらわす単語にも
いくつかあります。例えば。。。


祈り・・・神仏に請い願う
願う・・・望みがかなうように請い求める。望み求める
要求・・・必要または当然なこととして相手に強く求める
命令・・・上位の者が下位の者に対して、あることを行うように言いつける


それぞれ厳密に区分されるものではなく
意味が重なり合っています。


それでも、あえて意味を区別するとしたら

「祈り」は、自分の力を超越した、力の及ばない相手を想定して
欲求の実現を「託して」います。
欲求実現の期限は、相手次第のようなところがあります。


「願い」は、少し積極的になって
相手に働きかけ、相手の行動に影響を与えようとしています。
実現の期限がやや鮮明になります。


「要求」は、かなり積極的というか威圧的。
相手の行動が変わることを前提しています。


「命令」は、もはや相手は自分の一部です。
即時の欲求実現が当然のこととされています。




これら
相手に対する欲求の持ち方を
柔軟にコントロールすることで


話しあいは
深く、豊になっていくのだと思いますし


やはり、欲求の持ち方の基本は

自分にはどうにもできないものとしての相手を認め「祈る」

ということではないかと感じる今日この頃です。



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 出来事・日記 コメント(2)
研修の仕立てなおし。



最近、偶然にも
同じようなお仕事が続いています。

なんと呼べば良いのか。。。
いわば


社内研修の仕立てなおし


と呼びたくなるようなお仕事です。
何をするかと言うと、要は



今まで社内独自でやってきた研修を
もっと効果が出るようにプログラムし直す



ということです。


これまでの社内研修事例を拝見し
研修目的を再検討し
より学びが深まるような手法・プログラムを組み込んで
必要に応じて、研修の進行をサポートする。


というのが具体的なお仕事になります。


そんなややこしいことをしなくても
研修機関に頼めばいいじゃないか
という考えも、もちろんアリです。

確かに
研修機関では様々なプログラムが用意されているわけですが
にもかかわらず
自社独自の研修にこだわるお客様も相当いらっしゃいます。


社員同士の学びあい、教えあい、話し合いを
組織活性化につなげることや
自社ノウハウの高度化を狙ってのことだと思います。


僕はこの考えに大賛成で
社内教育能力の向上は組織力の向上に直結する
と考えています。



教育とか能力開発というのは
基本は「相互触発」による「独学」が理想だと考えています。


そうすることが最も
実践段階でのモチベーション維持につながるはずだからです。



なぜだか続いている
研修の仕立てなおしのご依頼。


社内教育の変革につながっていけばいいなと
遠くの理想をぼんやりと、でも、見失わないように眺めています。



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