発創アリ。

2007 12
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手描きでいこう。





もうあと6時間ほどで
新年を迎えるにあたり


すでに決めていることがあります。



思いを
手描きする



ということです。



PCのタイピングは得意な方で
見栄えも良いし、きれいに打ちたくなります。



だけど
そこを我慢して



できるだけ多くの場面で
手描きしようと決めました。




身体を使って
一文字、一文字、書く。
思いを込めるから、文字と言うより図や絵に近くなって
だから、「手書き」じゃなくて「手描き」。
もちろん、図も絵も描く。



IT機器と仲良くしつつも
アナログな手描きで思いを伝えていく年にします。



手始めに・・・



仕事関係の年賀状は
画像データ、作画ソフト使わずに
思いを込めて手描きして







カラーコピーしました(笑)



あんまりたくさんだと、手描きはちょっと・・・
ゴメンナサイ。

手描きコメントだけで、ご勘弁を。。。
ちゃんと心、こもってますから。



ホントは
宛名も、お一人、お一人、手描きしたかったんですけど。。。
来年は時間をた~っぷりとって、挑戦しようかな。




というわけで
新年は、思いを手で描いて伝える年にする
というのが、今、決めていることです。



この文章も手描きじゃないと
決意に反するじゃないか。。。
なんて反論はご容赦を(笑)


年末なんで、穏やかにいきましょう。
なんて。



年内の更新はこれが最後の予定です。
本年もご愛読、ありがとうございました。


新年は元旦から
酔っ払いモードで更新の予定です。


では、後ほど。




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冨永良史


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なぜその順番なのか。




テレビ番組から学ぶ機会が
とても多いです。



あまり観ませんが
観る時は、かなり必死で観ます(笑)
ノートとりながら観たり。。。



職業が会議屋なもんで
生のコミュニケーションなら
ありとあらゆるものが学びの素材ですが


テレビはコミュニケーションの達人が集まって
その磨き上げた技を披露してくれますから貴重です。



というわけで
今、テレビを観ながら一番注目するのは



「なぜその順番なのか」



ということです。
お笑い番組のネタでも
ニュースの解説でも


話の展開が
なぜその順番を採用したのか。
その順番だと伝わりやすく、面白いのはなぜか。


これは、会議やワークショップでも
議題の立て方、説明の順序、具体例のはさみ方など
非常に貴重なサンプルになります。


とか


画面の移り変わる順番も面白いです。
特に切り換えの早いバラエティ番組。



話しているタレントさんのアップの次ぎに
斜め上から全体像
次に、リアクションしているタレントさんのアップ・・・



などなど
場の雰囲気を一番伝える画面切り換えを
選択しようとしていると思うのですが


会議やワークショップの進行で
どのように、みなさんの視点を移していけば
意識を集中させつつ、場の全体に視野を広げることができるか
という点で、とても参考になります。




というわけで
年末年始、テレビを必死に観てやろうと思ってます。




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 出来事・日記 コメント(0)
ノロウイルスのおかげだ。



これはきっと
ノロウイルスですよ。
かなり流行ってるらしいですから。



日曜から急激な腹痛に襲われ
以来、ベッドとトイレの往復の毎日。
苦悶のクリスマス休暇を過ごしておりました。



ようやく復帰の目処が立ってきたところです。




ともかく苦しい日々でしたが
ベッドとトイレ以外に行く場所もなければ
脳みその中で、色々出かけるしかありません。


おかげで
この一年を事細かに思い返すことができました。
強制的な振り返りタイムですね。



不思議というか、やっぱりというか

眠れなくて目が冴えている夜中過ぎには
同じことを思い出してもマイナスに考え

ひと眠りした後に思い出すと
良いことの方が意識にのぼります。

とらえ方次第ですね。



人間は
刺激と反応の間に空きスペースがある。
(直結されていない)
どんな反応をするかは自分で選ぶことができる。



というのは
かなり応用の利く
心理学上の事実だということを思い出しました。
(万能ではありませんが。。。)




そう言えば
ウチの奥様に


「年に3回くらいは
 ひどくお腹壊すんだよねぇ」


なんて、ボソボソ言いましたら



「溜まった悪いものを
 そうやって定期的に吐き出してるんだから
 いいんじゃない。
 溜まり続けて、突然、バタンっじゃ困るでしょ」



とかおっしゃってました。
相変わらずのプラス思考で。



たまにベッドに縛りつけの刑になるのも
ここ数ヶ月の脳みその毒素を取り除くのに
大事なことなのかもしれません。



ノロウイルスのおかげ
ということにしておきます。




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 出来事・日記 コメント(0)
原因と結果を無理やりつなげる。



インターネット上のニュースや新聞の見出しは
ほんの僅かな文字数で事象のすべてを端的に表す
というレベルの高い言語運用能力が必要だと思います。




ものすごくひどい見出しが氾濫しています。
「原因と結果を無理やりつなげる」ことで注意を惹く
という方法が当たり前のように使われてます。


例えば


隊員寝坊で搬送遅れ 男性死亡



寝坊したことと男性が死亡したことが
因果関係で結ばれていますが
記事を読むと、その間に直接の因果関係があったことは
確認されていません。



こういうの
毎日、毎日、あちこちのマスコミから
垂れ流し発信されてます。



まだ食べられる食品の賞味期限を偽るのと
どっちがより悪質な「偽装」なのかなぁと思います。


チラホラ言われているように
賞味期限の偽装で「お腹をこわした人はいない」わけですから。



原因と結果の無理やり結びつけは
あまりに日常的に行なわれるがゆえに
僕達の脳みそもそれに慣れてしまって


あらゆる話し合いの場で

因果関係と相関関係の混乱やら(これはまだマシですが)
原因と結果の逆転やら
無関係の事象を、個人の価値観で因果で結んだり

当たり前のように起こっています。



議論のプロフェッショナルであるはずの
国会、県議会、市議会でも普通の光景です。




賞味期限切れの食品を食べて
お腹をこわすくらい

これと比べれば
社会に対する影響は
かわいいもんだと思えます。




メディアに曇らされた脳みそのレンズは
常に磨いておかないと
まったく違う光景が見えてしまいそうです。



ところで
メディアの発信する因果が混乱した情報と
僕達の話し合いの場で生じる因果の混乱は
因果関係で結べるのでしょうか。。。



そこには
根深い相互依存、相乗効果の関係が
ありそうに思えます。



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 出来事・日記 コメント(2)
人の能力に関する単純な推測。




世の中に困ったことはたくさんあって
それが困ったことであればあるほど
その解決を、エライ誰かに期待するわけですが。



もし、そのエライ人と同じように
みんなが十分に賢ければ
世の中から困った問題は消えてくれるのか。



そんなことを考えてみると
どうも困った答えが見えてくるようです。



例えば
大蔵省でも、文部省でも
そこから仕事を受ける、なんとか総合研究所でも結構ですが


そうそうたる知能、知性を持った方々の集まりが
どのようにふるまい、どのような結果を出すのかは
かなりたくさんのデータがあります。


僕達の日常が「普通」に営まれるのは
この方達の、成果が「普通」に成功しているからですが
大問題が多々起こるのも、この方達の失敗によるものでしょう。



ひとりひとりの知性を最大化しても
その集合体から得られる成果は
決して最大化しない。



または


その方法で得られる知性に比べて
現在の社会の問題があまりに難解である。



ということが言えそうです。



つまり
世の中、全員が
東京大学卒業になっても
MBA取得者になっても
ノーベル賞博士になっても


世の中は
良くならない。


その方向でないところに
世の中の進歩があるように思います。



僕達が今、しなければならないことは
今までの教育、今までの知性の考え方を
十分にふまえた上で


知性と知性をいかに融け合せるか


という、知性融合のマインドセット、スキルを磨くことだろうと
そう思っています。




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 出来事・日記 コメント(0)
自分の死亡記事。




大好きな小説のひとつに


「カクテル」(ヘイウッド・グルード著)



があります。
タイトルどおり、酔っ払い小説です。
だけど、とても真摯な小説です。
トム・クルーズ主演で映画化もされました。




さて、そのストーリーはともかく
文学を志す主人公のバーテンダー、フラナガンが
小説の創作コースに通い、第1回目の課題として


「自分の死亡記事」を書く


ということに取り組むシーンがあります。
ほんの1ページくらいで描写される小さなシーンです。
なぜだか、このシーンがとても印象に残っています。



それが最近、急に記憶に蘇ってきて
僕自身の死亡記事はどんなだろうと
思い浮かべるようになりました。


なんで死ぬんだろう。
もし、写真入りの記事になったとして。。。
どんな人物として紹介されるだろうか。
何をしてきた人物として紹介されるだろうか。
誰のコメントが寄せられるだろうか。


もし、お悔やみ欄だけに載る程度だとしても


葬儀にはどんな人達が来てくれているのだろうか。
来てくれた人たちは、僕をどんな人物だったと思い返すだろうか。



なんて妄想します。



僕の人生計画では
死ぬのは、かなり先の話なのですが。。。



こういう妄想に集中すると
今、この瞬間の大切さ、支えてくれている人達の大切さが
実感できるように思えます。




死亡記事に限らず



何かを始めるとき
その終わり方を考えることは
始まりと終わりの間にある、長い時間の重さを
今、この瞬間の積み重ねが、間違いなく終わりへと続いていることを
リアルに感じさせてくれるようです。



ただの
シミュレーションにとどまらない

人間だからこそできる
今を生きる方法のようにも思えます。



さてと
酔っ払いながら
酔っ払い小説を読みますか。




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真夜中、灯油、緑の葉。





ひどい雨が続いてます。
どうやら本格的な冬がやってきたようです。
雪が降るのも、もう間近でしょう。


冷たい雨が軒を叩く音が響く中
ヒーターが灯油切れのサインを出しました。



この寒いのに
よりによってこんな雨の時に。



げっそりした思いで
灯油タンクを持って、玄関を出ると



そこで視野に入ってきたのは
外灯に照らされる中で、緑の葉を冷たい雨に打たれる
鉢植えの植物でした。



なぜだかわからないけれど
とても、命を感じる瞬間、でした。



明日も頑張って
前向きにいこうかな
と思わされた瞬間でした。



なぜだかは
わかりません。



冷たい雨に打たれる緑の葉に
僕の中の何かが共鳴したようです。



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誰もが、聴いてもらいたくて。




たまには
ど~しても相手にわかって欲しいことの
ひとつやふたつや150くらいはあります。



どうするかっていうと
わかりやすく、理路整然と
図解などしながら語ったりもします。




だけど



単純な事実があって
それって見逃しちゃうんだよなぁ
ということを、ふとしたことで思い出しました。



僕が伝えたいことをささやかにでも持っているように
相手だって、伝えたいことを
ひょっとしたら山盛り持っているかもしれなくて。



そんなふたりが向き合って
どんなにわかりやすく丁寧に話しても
何が伝わるんだろうって、思えます。



お互いに、「伝えたい願望」で一杯の時
何かを受けとめるスペースはないわけで


そんなとき
どーしても伝えたいなら


逆に


相手のこと
全部、とことん受けとめて
相手のハートに「空きスペース」を作った方が


そこに、自分の伝えたいこと
注ぎ込めるんだよなって。



そんなこと
思い出しました。



そのためには
自分が伝えたかったこと
いったん倉庫にでもしまっとかないとダメですね。



それもいいかも。



倉庫にしまって
相手のこと聴いてるウチに
自分の伝えたかったことが熟成するって
けっこうよくある話かなって思います。


相手の話が
酵母になるんでしょうか。




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書を捨てて、塗り絵と工作だぁ。




最近のお気に入りの時間は


4歳になる娘と
塗り絵をしたり
工作をしたりする時間です。



娘より僕の方が熱中してます。
もともと図工の時間が大好きだったのを思い出しました。



塗り絵は
色々アレンジして
ヘヴィメタル風のアンパンマンとか
楽しんでます。


娘には「かわいくない」と言われますが。。。


工作は
ティッシュの空き箱とか
折込チラシとかダンボールとかを
切ったり貼ったりしながら
お弁当箱や、トラックを作ります。


目の前にある素材をジ~ッと眺めて
何ができそうかなぁって考えて

5分で完成イメージを固め
1時間くらいかけて作ります。
娘には単純な部品の製作を任せます。


この過程が楽しくて。。。



というわけで
塗り絵や工作の時間は
僕の創造力を伸ばすかけがえのない時間です。



本を読むのも大事ですけど
この時間はすごくのびのびできる感じがします。


だから
たまには


書を捨てて、塗り絵と工作だぁ。


です。
寺山修司さんのパロディ。。。
にしてはレベル低いかな。。。



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 出来事・日記 コメント(0)
もしも、1分しかなかったら。



時間の制約を究極に厳しくすることで
思考をシンプルにすることができるように思います。



何か結論を出さねばならないとき
考えなきゃいけないことは
膨大にありそうに思えるとき


あれも調べた方がいいかな
あの人の考えも聞いた方がいいかな
もうちょっとシミュレーションした方がいいかな
もっと根拠を固めたほうがいいかな



などなど


「もっと」「あれも」「これも」


は無限に出てきます。


考えることにかけた時間と
結論の質は必ずしも比例しない


というのは、厳しくも楽しい現実のようです。

あれこれ考えて出した結論と直感で決めたことは
実は大差がなかったり
直感の方が斬新だったり。



なので
どうせあれこれ考えたいなら
まず最初に


「あと1分しか時間が残されていないとしたら
 どんな結論にするだろうか?」


を本気でシミュレーションするんです。
本気で1分間、考える。



そうすると
「あれも、これも」の中に混じっていた
「言いわけ」とか「臆病さ」とか「行き過ぎた完ぺき主義」が
きれいさっぱり取り除かれて


シンプルに考えて、スパッと決められて
しかも、熟考したときに劣らない結論が得られます。
絶対じゃないけど、かなりの確率だと思います。



僕の人生
明日で終わるとしたら
何する?


こう考えたら
自分にとって一番大切なものがわかる
というのと同じ発想ですね。


議論がややこしくなる前に


「あと1分しかなかったら、どれにする?」


使えるシミュレーションです。



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冨永良史


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 発創する会議術 コメント(2)
失言の効用。




政治家の皆様はじめ
最近は、いろんな方が

失言、問題発言で
つるし上げられております。



ひと言、間違えば
集中砲火、謝罪、辞任、罷免という
下りエスカレーター直行のようです。



最近、社会の気分としては



「失言監視型」
「問題発言、絶対許さない型」



になってるように感じます。



いい加減な発言
とんでも発言


は見逃されません。



それは、ものすごく「やばい」風潮だと
僕は、かなり深刻に受け止めています。



失言、問題発言ができない世の中は
とても硬直的、前例踏襲的、勇気減退的で
創造性の対極のように思えます。



正しいことだけを言おうという姿勢からは
今まで以上の発想は生まれないでしょう。


正しいか間違ってるかわからないけれど
とにかく強く感じる、ありありと思う浮かんだ
だから、どうしてもみんなに伝えたい。


そういう思いが解放されるとき
既存の価値観がゆさぶられ
新しい何かが生まれる準備ができるのでしょう。


「失言狩り」をするような社会では
既存の価値観の中に閉じこもるばかりです。



もうひとつ。



「失言」が失言たりえるのは
「誰が言ったのか」と結びついたときです。


「大臣の言葉としてふさわしくない」
「経営者としての見識を疑う」


など、発言内容と発言者が結びついた時に
それは失言と判断されます。


この姿勢も、創造的思考の妨げでしかありません。

誰が言ったかをとやかく言う前に
表現された意味内容を、既存の価値観と十分に対照し
新しい「正しさ」の萌芽が含まれていないかを
冷静に、前向きに受け止めることが
今のような価値観の過渡期には必要だと思います。



「言ってはいけないこと、言えないこと」がある会議や
「立場を気にしてばかりいる」会議が
まったく創造的にならないのと同様


失言、問題発言を探してばかりの社会から
やわらかな発想が生まれることはないように思えます。



失言、問題発言は
間違った発言ではなく

「既存の価値観からは外れている
 新しい価値観に基づく発言」

であり

「未来を開く可能性がある発言」

だと受け止める寛容さが必要だと
最近、特に思います。




ファシリテーター
冨永良史


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 出来事・日記 コメント(4)
笑いながら怒る会議。




「笑いながら怒る会議」




をやめれば
会議の生産性はとてつもなく上がります。



これにはふたつの意味があります。



ひとつは文字通り。



本音(怒り)を隠して
表面を繕う(笑い)ような議論は
回り道にしかならず、時間の無駄だということです。


繕う努力をするくらいなら
本音を出しあって、ケンカでなく建設的に議論する雰囲気を
どうやってつくるかを考えることに努力を向けた方がずっといいですね。



「笑いながら怒る会議」には
もうひとつの意味があります。



竹中直人さんだったと思いますが
「笑いながら怒る男」という芸がありました。


表情は笑って、言葉は怒ってるんです。


こんなこと普通の人にはできませんね。
だから「芸」として成立してます。



ふたつの感情を同時に表現することは
不可能です。


それだけでなく
脳というひとつの器官を使って
同時に、ふたつの思考を進めることはできません。



そんなの当たり前じゃないか。



そう思います。
だけど、そういうムチャなことをしてる会議はよくあります。


アイディアを出しながら
選択基準を考え
さらに、グルーピングや評価まで行なってる光景は
ごく普通に見られます。


「焼肉食べに行きたいな」
「やっぱスシでしょ」
「イカ嫌いなんだよね」
「ケーキがいいよ」
「匂いつくのはいや」
「肉系と魚系、どっちにする?」
「そう言えば、今度できたスシ屋さん、行列だってさ」



ほら、普通の会話でしょ。
だけど、これを会議でやっちゃったら
「笑いながら怒る会議」になるんです。


ひとつの時間に
ひとつのことしかしない、考えない。


今、何する時間?
アイディア出すとき?
評価するとき?
選ぶとき?



バカバカしいけど
ものすごい効果あります。




笑いながら泣きたくなることがよくあるファシリテーター
冨永良史



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 発創する会議術 コメント(0)
サンタクロースなファシリテーター。





午前と午後
やってるお仕事の中身
違いすぎなので
とっても長く感じた一日でした。





朝。


娘の通う幼稚園のお楽しみ会?
保護者も参加してのクリスマスイベントです。



そこでの僕のお仕事は
サンタクロース。。。


ちゃんと衣装着て
髭つけて、長靴はいて
プレゼントしょって
やりましたよ。



園児達の質問に答えるんです。

「どうやって来たの?」
「どんな家に住んでるの?」
「なんで僕達の家がわかるの?」

などなど。。。


しかも
本番直前になって
演出担当の方から



「本場から来たサンタクロースの雰囲気出したいので
 英語しかしゃべれないという設定でお願いします。
 僕が通訳するということにしますので」



え。
ぎょっ。




しゃべりましたよ。
なんちゃってネイティブな英語を。


文法適当だけど
それっぽくしゃべるの得意かも。


調子に乗って
べらべら適当に乗り切ってきました。
なだか、気分、高揚しますね。


秋の運動会でオオカミやったときも
そうでしたけど。




で、夕方から夜は
講師兼ファシリテーター。



福井県中小企業団体青年中央会



という長~いお名前の組織の
ビジネス寺子屋というイベント。


企画から担当させていただきました。
みんなの「これから」を考えようという趣旨で
タイトルは


青年中央会「これから会議」~なにする?~



あやうく
サンタクロースのノリそのままに
テキトウな英語で挨拶しそうになりましたね。


サンタな気分、ひっぱってました。。。




みなさん
力が抜けつつ、だけど熱い議論を
展開してくださいまして

とても有意義な時間を
過ごすことが出来ました。


ご参加いただいた皆様
ありがとうございました。


今日の成果
ぜひ、ぜひ、「これから」につなげてくださいね。




というわけで
長い一日と長い回想録が終わり


さて、今日の頑張りに
カンパ~イ!!




サンタなファシリテーター
冨永良史


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大盛りだ!参ったかぁ~。




なんだか大盛り牛丼の動画が
話題になってます。



クレームきちゃったみたいですけど
確かにちょっと空気読めてない気はしますが
思いつきは、好きなタイプです。。。



なんて、ぼ~っと考えてたら
思い出したんです。


クスクスってくる大昔のエピソード。



もう10年くらい前です。
その頃は、よく食べてました。
外食が中心で、必ず大盛り。



ある定食屋さんに
半年振りぐらいに入って
いつもどおり、「ライス大盛り」を頼んだんです。



ここの大盛りは
なかなかに気合が入った量で
好きだったので。


ところが半年振りの大盛りは
「中盛り」くらいに、スケールダウンしていて


「ありゃ?記憶違いかな?
 こんなはずは・・・」


と思って、店員さんに



「あの、大盛り頼んだんですけど
 これって、普通ですよね?」



と確かめたら



「少々お待ちください」



って、ドンブリをもって
奥に引っ込んで・・・



ドンブリ&ライスの載ったカレー皿を
持って帰ってきました。


「こちらもお召し上がりください」



って。。。
僕の前には
ドンブリ飯&カレー皿のライス。。。



どんだけ食わすんじゃぁぁ~



と思って、奥を覗いたら
店主らしき人が
機嫌悪そうに、「じろ」って見てました。


「これで大盛りだろ、文句あるか」


って顔してました。

ライスをケチってると文句つけられたと
思ったみたいです。




周りのお客さんの

「なだろ、アレ
 あの人だけ、なんであんなにライスあるんだ?」

という視線を一身に浴びて
とても刺激的な食事をいただきました。




大盛りの思い出です。



ファシリテーター
冨永良史



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あなたには売らない。





「こちら葛飾区亀有公園前派出所」




というマンガが大好きです。
通称「こち亀」。



コミックス150巻を超えてなお連載中
30周年という長寿マンガですから
ご存知の方も多いのではないでしょうか。



あ、こち亀の話を書くわけじゃないんですけど。。。


この中に、本田速人さんという白バイ隊員が登場してまして
この人は、「バイクの鬼」なんです。
バイクに乗ると人が変わるんです。
超絶テクニックで暴走族を追い詰める。
だけど、バイクを降りると弱気なお兄さん。



で、注目なのは、この本田さんのお父さん。
このお父さんはバイク屋さんです。
こだわりのバイク屋のオヤジ。



このお父さん
バイクを売らないんです。


商売なのに、そう簡単には売らない。
自分の目にかなった人にだけ売ります。
バイクが好きで好きでたまらない人にだけ
売るんです。



だいたい
「あんたには売れねぇ」
と断ります。



最近の偽装ニュースを見ていて
このお父さんのことを思い出しました。


今の世の中


「とにかく買ってください。
 誰にでも売ります。
 より多くの人に、いつでも、いくつでも売ります」



という商売ばっかりになってます。




「あんたには売れねぇよ」



という商売の復権を
祈りたい気分の今日この頃です。




ファシリテーター
冨永良史



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68年後。



あと68年といったら
僕も、ほんの僅かながら
生きている可能性があるくらい
かなりの近未来です。



それくらい近未来の「68年後」。
今の予測では


石油が生産できるのは
あと68年


ということらしいです。
数日前の日経新聞に
「ささやか」に記事が出てました。



あれあれ、これって
こんな小さな記事でいいのかな。



最近のトップニュースは
「偽装」「謝罪」「癒着」などなど



それなりに大事なことではありますが
僕達の未来にさしたる影響もありません。
いつの世も繰り返される瑣末な出来事です。



それに比べて
「石油があと68年」というニュースは
あまりにも大きすぎて
逆にリアリティがなくなってしまいそうです。


いつの世にも
起きたことがありませんから。



よく言われるように
石油の埋蔵量は「どんどん増える」
といういい加減な予測ではあります。確かに。


だけど
無限でないことも確かだし
そう遠くない将来に底をつくことも確かでしょう。


そしたら
今の世の中、「全部」止まりますね。
オールストップ。クリア。リセット。



実際には
ストップがいよいよ現実的に見えてくる段階で
世の中、とてつもない緊張状態に陥るでしょうけど。


ノストラダムスの比じゃありませんね。


石油の問題だけでなく
今の世の中の根っこにある問題は
あまりにも巨大すぎたり、正体不明だったりで
不安に思っても仕方なく


横綱さんや亀田さんの謝罪をネタに大騒ぎするくらいしか
気晴らしの方法がないような


そんな気分が世の中に満ちているような
気がします。



ファシリテーター
冨永良史


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