発創アリ。

2007 10
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また瞬間移動しなきゃ。


東京出張から帰ったと思ったら
次は正反対の下関です。


また新幹線に乗って
瞬間移動しないといけません。
今度は「のぞみ」なので
さらに加速。。。



大丈夫かな。



下関では
全日本マスターズ陸上選手権に
出場してきます。


400mです。


さてどうなることやら。。。


瞬間移動のように
マッハのスピードで
走ってきます!!




結果のご報告は
29日の月曜日です。


それまで
しばしのお休みをいただきます。


では
いってきます。



ファシリテーター
冨永良史



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 出来事・日記 コメント(0)
瞬間移動についていけないよ。



僕の走るスピードに比べたら
新幹線のスピードは
瞬間移動みたいなものです。



久しぶりに東京出張して
新幹線に乗りました。



そうすると
新幹線に乗る前の出来事が
ずいぶん前の出来事のように感じられて
なんだかヘンな気分になってます。



僕は昨日
午後から出張だったので
午前中に陸上競技場にいって
練習をしました。


その後、新幹線で東京へ。
夜は東京で仕事をして過ごし、一泊して
今日、また新幹線に乗って福井へ戻りました。



そうすると
競技場で走ったのが
昨日のコトだとは思えないくらい
遠い過去のように感じるんです。


久しぶりの遠出だったことも
あるのですが・・・
それにしてもヘンな感じです。



これも慣れの問題でしょう。



だけど
今の日常での僕の「魂」のあり方は
新幹線のスピードにはついていけてなくて

新幹線に乗ると
まるで瞬間移動したような錯覚に陥ってしまうようです。
だから、身体だけ移動して、魂は移動する前のまんま。



あと3日くらいしたら
僕の魂は東京に着くかもしれません(笑)


その頃
僕は、今度は下関にいるんですけど。。。



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冨永良史


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彷徨える食と職。



食と職の世界が
彷徨ってます。



食にまつわる不祥事は
次々に発覚し


職は「働き方」の価値観を再構築できないまま
「多様な働き方」という一見、前向きな表現のもとで
ニートや鬱病や歪な勝者を生み出し続けています。



このふたつの迷走は
かなりの重なり、相関を持ったもののように
思えます。



職の価値観の混迷に
食が絡め取られ


命の源である食は
単に「貨幣と交換するための商材」に
なり下がっているように見えます



命の源を生み出す
尊い営みである食料生産業は
単に「貨幣を得るための作業」に
なり下がっているように見えます。




命を守り、治癒へと導く医療が
尊い営みであるのと同様に、いやそれ以上に

命を生み出す、作り上げる源となる
農業、食料生産業は尊い営みであるはずです。


市場原理の元で、効率化、淘汰されるのが
本当に正しい道なのか、僕にはうまく判断できません。


それは本当に、単なる「産業」であっていいのか
うまく判断できないんです。




食にまつわる職は
抜きん出て「精神性」の高いものであるべき
なのではないかと思っています。


その精神性が
果たして、市場万能主義、グローバリゼーションの中で
生きて行けるのか、ちょっと心配です。



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冨永良史


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 出来事・日記 コメント(0)
松坂大輔の流儀。


シビレました。
ボストン・レッドソックスの
松坂大輔投手、勝ちました。


ポストシーズンで
2回の敗戦投手になり
チームは窮地に陥り


そこから蘇ったワールドシリーズを賭けた最終戦。
負ければ、もう立ち直れないくらいの
批判にさらされることが容易に予想できた最終戦です。


どれだけ追い込まれて
どれだけプレッシャーを感じて
マウンドに上がったのだろうと
僕の心臓が締め付けられるような思いでした。


だけど、松坂投手のコメントは


「この流れできたら
 負けることはないと思ってました」


・・・なんとも、あっぱれ。




松坂大輔を怪物たらしめている
彼の流儀、彼の方法がわかったような気がしました。


イチロー選手も同じように思えるのですが
基本的に、彼らは、「自分との対話」がものすごく深い。



周りがなんと言おうとも
自分で自分と対話して


何ができていて
何ができていないのか


をはっきりと捉えているようです。
だから、周りが「ダメだ、不調だ」と言っても
彼らの中では、不調な中にも「できていること」が
はっきり見えていて、だからこそ
周りの雑音に動じることがないのでしょう。



自分基準が
思い込みやひとりよがりでなく
しっかりと確立されていて


それをものさしに
周りの声に左右されずに冷静に
自分といつも対話しているのではないかと
思えます。




このように
自分との深い対話ができる人にこそ
人との深い対話ができるのでしょうし


だからこそ


松坂投手は2回も負けても
チームメイトから「彼は勝つ」と信じられるような
深い信頼を得ているのだと思います。



本当に
今日はシビレました。
松坂大輔投手、やっぱり怪物でした。

だけど、豪快な怪物の怪物たる所以は
「静かな対話」にあったのだと確信しました。



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冨永良史


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 出来事・日記 コメント(0)
「できなくなる」という進歩。



進歩とは
何かが新たに


できるようになること


だと言えそうです。



電話
テレビ
自動車
インターネット


すべて
今までできなかったことを
できるようにしてくれた製品です。



その結果
僕達の生活は
便利になり、ある意味、豊かになり
一方で、必ずしも豊かではなくなりました。



ここで
逆の進歩の価値を考えてはどうかと思います。



「できなくなる」という進歩


です。



制約や不自由によって
それを反動にして
人間の能力は飛躍します。



目が見えない人の聴覚が
並外れて優れるように。



僕達は
制約をどんどん外すことによって
豊かな瞬間や、能力を失ってきたのかもしれない。
そう思うんです。



もし
人間の理性、慣性が進歩するものなら



あえて
自分の欲求の何かを
封じ込めるような
そんな文化を作れてもいいのじゃないかと
思います。


もう、ずいぶんと
長い歴史を刻んできたわけですし。



環境、倫理問題が
噴出する今。



そういう突然変異みたいな
逆方向進歩が起きてもいいのかなと。




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 出来事・日記 コメント(2)
カメラ越しに君を見つめて。



娘の学習発表会というのが
ありまして。


僕の時代には
「音楽会」
と呼んでいたイベントです。



少し恥ずかしがり屋の娘が
舞台で嬉しそうにお遊戯する姿に
なんとも「ホッ」としたわけです。



音楽会でも体育会でも
今や、当たり前の光景は


ご両親による
「撮影隊」
です。



ビデオ、デジカメを構えた
お父さん、お母さんの気合が入った列が
ずら~っと待ち構えてます。



気持ち、すごくわかりますね。
僕もビデオ持ってたら
その列に、しっかり参加してるだろうなぁ。


たまたま
ウチにはビデオがないので
僕は、ファインダーを通さずに肉眼で
舞台を観ていました。



それで、やっぱり思ったんです。



何も通さずに、肉眼で
ひょっとしたら子供と目があうかもしれない状態で
観てるのが、いいんじゃないかなぁって。



自分の子供に限りませんが
目のまでリアルに演じられていること
起きていることを

ちゃんと自分の目で直接見るのは
とっても大事で貴重なことだと思うんです。



心への刻み込まれ方が違うような。
データには残りませんけど
心には、しっかり印象が残ります。


観られるほうも
観てもらっているという気持ちが
しっかり残ります。



やっぱり
観るのは肉眼で直接にしたいなと思いました。



どうせ技術を発達させるなら
そういう目で直接見ていることが記録されるような
そんなビデオができないものでしょうか。



いつの間にか
機械の性能に僕達の行動が左右されて
本来豊かだった瞬間の価値が削られていくように
ちょっと寂しい気分になったんです。




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冨永良史


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 発創って何だ? コメント(0)
どんだけ小さいんだぁ。


村上春樹さんの小説を
読み漁った時期があります。
村上さんは比喩がとてもクールです。



例えばこんな表現があるんです。
ふっと思い出しました。



登場人物が
「小さい」ということを
例えていう場面です。



「ホームベースの上に置いた夏みかんを
 外野から見るくらいに小さい」
(1973年のピンボール・・・講談社)



どんだけ小さいんだぁ~


という感じが
ユーモラスでリアルに伝わってきます。




こういう比喩表現を
どれだけ豊富にできるか

ある概念をわかりやすく言い換えるのに
どれだけたくさんのバリエーションを持てるか



ということを
いつも意識していることは
ファシリテーターとして
創造的なコミュニケーターとして
とても有益な訓練だと思います。



小さいと言ったら
小さいに決まっているだろう


ではなく
そこにどれだけ豊かで具体的な
イメージを描けるか
それを人に伝えられるか


それは
議論の創造性を
大きく左右するようです。




どんだけ大きく?



あ、表現できない。。。
今から考えます。。。




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冨永良史



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 出来事・日記 コメント(0)
絵日記、書こうかな。



絵日記が宿題になるのって
小学校低学年くらいまででしたっけ?




自分が
生まれて初めて書いた絵日記
今でもボンヤリ覚えてます。



幼稚園の教室の前に小さな庭があって
そこで、小さなシャベル持って遊びました。



そんな内容でした。


小さなシャベルを持った僕が
なぜか直立して描いてあります。



それにしても、絵日記って
なんで、幼少期だけの宿題なんでしょう?




一日を振り返って
印象的な場面を絵に書く。



これはとても
創造的な作業で
脳みその柔軟性を維持、向上させるのに
とても役立つように思います。



なんでも
かんでも
文章にしてしまうのは
硬直化を促進しているのではないのでしょうか。



せめて
俳句にするとか
詩にするとか



そういう
創造的な編集をする習慣を
持っているのといないのとでは
大違いです。



絵日記は
絵というイメージと
文章という論理の合わせ技ですから
さらに創造性が高い。



大人になったからこそ
絵日記。



いい感じです。



ブログ書いてる場合じゃないのかな。。。





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 出来事・日記 コメント(4)
不安に蓋をせず。



スプリンター冨永は
全日本大会を前に
急に絶不調に陥っております。



不安です。



復調するんでしょうか?
復調に向けて何をすればいいのでしょうか?



すごい時間をかけて
練習を積み重ねてきたので
直前にきての不調は
動揺してしまうのですが。。。



不安に蓋をせずに
不安と一緒に、身体の声に耳を傾けながら
静かに最後の調整をしていこうと思います。



400mは
走る直前まで
いや、走っている最中も
すごく不安になるんです。


なんていっても
『どうせ最後までは全力がもたない種目』
『途中で、乳酸地獄になって、体が硬直することが
 最初からわかりきっている種目』
ですから。



でも地獄の苦しみを怖がっていると
走りが固くなってしまって
余計に辛くなります。


恐怖、不安に蓋をせず


「ほら来た、怖くなってきた、不安になってきた
 さてどうする?自分!」


のように
正面から受け止めていくことが
必要なんだなと最近、よく思います。


最近のキャッチフレーズは


『乳酸、ドンと来い』


です。
乳酸がジワジワ身体に滲んでくる
200m過ぎに、脳裏でこうつぶやくんです。



不安はなくせないもの。
不安は正面から向き合った方が
力になるもの。





そう考えています。



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冨永良史


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 出来事・日記 コメント(2)
笑う自転車屋さん。



毎月お墓参りに行きます。
近所のスーパーの開店時間を待って
お花を買って
いつもの道を通ってお寺に行く。



いつもの通り道には
小さな自転車屋さんがあって
そこのおじさんの姿をいつも見かけます。



おじさんは
パンクを修理していたり
お客さんと話していたり
自転車を並べていたりしますが



いつも必ず
笑っています。
ニコニコ
満面の笑みです。




自転車
さわるのが
大好きって伝わってきます。



だんだん自転車屋さんの前を通るのが
楽しみになってきてます。



「今日も笑ってるかな?」って。



毎月お花を買って
毎月同じ道を通って
毎月笑う自転車屋さんを眺めて
毎月じいちゃんのお墓に手をあわせる。



どってことないけど
思い出すのが楽しいような
ちっちゃなエピソードです。



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冨永良史



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 出来事・日記 コメント(0)
私とあなたの真ん中に。



煮詰まると
だいたい


自分には何もできない
能力も、可能性もないぃぃぃ
ダメだぁぁ


なんて、落ち込んだりします。
わりと脳天気な僕ですが
たまには、こんなことになります。



自分を追い詰める



という状態です。
脱出の法則、見つけました。



自分の能力、可能性を
考えるのをやめる。


その代わり


自分と
自分の周りの人達を足すと
どんな能力、可能性があるかを
考える。



自分は空っぽ。
自分とみんなが触れ合う間にこそ
何かが生まれる可能性があると
開き直って考える。



そう考えると
次の一歩を踏み出す勇気が生まれます。


ウダウダ考えずに
相談してみよ。


とか、そういう一歩は


自分の可能性から
いい意味で決別して

可能性は
自分とみんなの間に求める


という姿勢から
生まれるんだと思ってます。



ファシリテーター
冨永良史



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 出来事・日記 コメント(0)
正義と普遍性と効率と。



大仰なタイトルの割りに
考えていることは
ささやかです。



正義と
普遍性と
効率と



まだ他にもあると思うけれど
この種の概念が
僕達の「今、ここ」を
とても貧しくしているように感じます。



これらは
正しさ、真理を追求する時の
尺度になっていたりもしますが


一方で
不正解を切り出す
ナイフにもなっています。



それは
正義ではない。
普遍的でない。
効率が悪い。


だから
ダメだ。
間違っている。
やめよう。
やるな。




いい加減でテキトウなものが
キレイさっぱりと排除されていきます。




排除された中から
すっごい革新が生まれるのは
いつものことで。



正義、普遍、効率のような
A級品だけの世の中は
なにか病院のような空気が漂ってそうです。
清潔だけど、生きる場所ではないような。



B級なものごとを
憤って排除する前に
その可能性を受けとめられるか。
そのあたりが、大人のなり方で大事なコトのように思います。
意外と、子供の方が大人だったりして。



先述の、クエンティン・タランティーノ監督は
A級映画、感動の名作を創る気がまったくないようです。
偉大なるB級映画の名手です。

彼の映画は、B級だけど、示唆に溢れ
脳みそを激震させてくれます。




タランティーノと並んで
僕の脳みそに甚大な影響を残してくれた
故・中島らもさんは


「B級はエイキュウだ」


とおっしゃっていました。
大好きな言葉です。




ファシリテーター
冨永良史



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 出来事・日記 コメント(2)
論争の背景は。



角福戦争再現


だなんて、マスコミさん
もうちょっと頭使ってくださいね。
本質、ズレまくりですから。



さて、田中真紀子さん
全速前進で相変わらずの破壊力です。


おっとり福田首相も
さすがにお怒りモードになりかけたようです。


今回に限らず国会当事者の皆さんとマスコミは
この手の「論争」を良いものとして
考えているようです。



僕は争いごとがとても嫌いなので
この「論争」の是非を「論争」してやろうかと
自己矛盾を起こしかけてます。。。


さて、何が気になるかというと


論争は
「何が正しいのか」
について意見や、その前提が一致しないから
争いになるわけです。


従って、勝敗を争う以上は
「正しいこと」と
「正しくないこと(間違いではないけど)」
をくっきりわけるわけです。


ある意見を持つ集団を
敗者、正しくない人達と評価することになる。


これは
みんなでひとつの国を創っていく上で
役に立つことなんでしょうか?


論争で勝敗をつけるのではなく


「論創」で

みんなにとっての正しいことを
創り上げていくことこそが必要でしょう。


それには
「自分こそが正しい」という前提を
絶対に譲らない「論争姿勢」は邪魔なわけです。


国会(に限らず、あらゆる議事)では
この論争姿勢が与野党の大前提になってますけど。




国を創り、国を動かすとは
争いではなく、創造であるはずで
論争してる暇、あるのかなぁ。



与党も野党も
「自分が正しい」
という前提から出発する限り
どっちもどっち、という気がします。



仲良くしませんか?




ファシリテーター
冨永良史


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 出来事・日記 コメント(2)
クエンティン・タランティーノのこと。

久しぶりに
DVDレンタルしてきました。



キル・ビル Vol.2 キル・ビル Vol.2
ユマ・サーマン、デヴィッド・キャラダイン 他 (2004/10/08)
ユニバーサル・ピクチャーズ / ジェネオン エンタテインメント

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この映画の監督
クエンティン・タランティーノの作品が
僕は大好きです。


脚本や製作総指揮なども含めると



レザボア・ドッグス
パルプ・フィクション
トゥルー・ロマンス
フォー・ルームス
フロム・ダスク・ティル・ドーン
ジャッキー・ブラウン
シン・シティ


などなど
基本的に、荒唐無稽なバイオレンス系です。


そのバイオレンスのムチャクチャぶりも
スカッとして好きなのですが


それ以上に好きなのが
その編集です。


この方
ものすごい映画マニアで
香港映画、日本映画も観尽くしていて
千葉真一の大ファン。


それで
色んな映画のパロディーを
あちこちにちりばめるんです。


パクリとパロディをつなぎあわせて
映画を創っている感じ。


でもただのパクリじゃなくて
その演出、組合せ方が絶妙で
まるで、玩具箱のように楽しい。


音楽にも
ものすごいこだわりがあって
シーンにあわせた選曲がバツグンです。



要は
このタランティーノ監督の映画というのは


「組合せ」で魅せる映画


と言えると思います。
この人自身が創作したものは
ひょっとしたら、あんまり無いのかもしれない。


だけど
好きで好きでたまらない映画や音楽を
あちこちから切り取ってきて


さらに自分好みに色を塗りなおして
それをつなぎあわせて
タランティーノ・ワールドに仕立て上げる
という手法です。



パクリと言えばパクリだけど
ただのパクリじゃない。
こんなに独自な世界を作れるパクリは
そうそうないです。



一流のパクリは


何をパクるかの
選択センスがバツグンで


それをどうつなぐかの
組合せセンスもバツグンで


どんなコンセプトのものに全体を構成するかの
統合センスもバツグン。



これは
立派な創造活動だと思います。



僕は
学生時代に
タランティーノ監督の
レザボア・ドッグスとパルプ・フィクションに出会い
その編集手法に文字通り
衝撃を受けました。


僕の思考スタイルにも
尋常じゃない影響を与えている人です。
ファシリーテーター的発想も
この方から触発されているようにさえ思えます。




ファシリテーター
冨永良史



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 出来事・日記 コメント(4)
追い込まれたときに。



人間
追い込まれたときに
力を発揮するものだと言われます。


火事場のバカ力。




会社組織でも
高い目標を掲げ
プレッシャーを与えることで
能力と実績を伸ばそうとします。



それが
成果に結びつくときと
逆に無気力・放棄に結びつくときがあります。




いろいろ観察して考えてみましたが



その差は
自分と周囲に対する安心感
のように思えます。



自分は自分だ。
今のままの自分でも
ここにいていい。
周りに受け入れられている。



そういう安心が
ここ一番の踏ん張りに
つながっているようです。



「今のままの自分でもいい」



というのは
向上心とは正反対と思える
気の持ち方ですが



だけど
それこそが
向上心や火事場のバカ力の源になる
というのは



やはり
見逃されがちな
大切なことだと思えます。




ムチは
愛があってこそ


ということのようです。




ファシリテーター
冨永良史



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 出来事・日記 コメント(0)
問い方を変えるだけで。

知ってます?
問題が起きたときに


それは
何で起きたんだろう?




原因分析的に考えるよりも



それは
何のために
起きたんだろう?




目的探索的に考えた方が
学びが触発されて
「ジワッ」とエネルギーが湧いて来ます。



どんな厄介ごとも
それは、何らかの進歩、知恵の出現の兆しとして
起きている。



なんて、考えると
楽しくなります。





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冨永良史



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 出来事・日記 コメント(2)
健忘症まぢか。



まだ春のことだったと思います。
体調崩しちゃいけないときに
やばくなって


これはマズイ


と、うがいを習慣にしたんです。
絶対に、風邪ひかないように。



その時
かろうじて、症状の悪化を免れたので
以来、ずっとうがいを習慣にしてました。



で、今日。



その習慣がすっかり途切れいているのに
「気づき」ました。


いつからだろ
うがいしなくなったの。


ずっと体調が良かったので
いつの間にかしなくなったんでしょう。
習慣が途切れてることに気づかない自分にびっくりです。



もはや
健忘症まぢか。



習慣と言うのは
つくるのは難しく
壊すのはなんとも簡単なもののようです。



アリストテレスとかいう偉人は



「人格は繰り返す行動の総計である。
 それゆえに優秀さは単発的な行動にあらず
 習慣である。」



とか、おっしゃってます。
うがいすら忘れる僕は
いつになったら優秀さを獲得できるのか
なんとも遠い道のりです。



ファシリテーター
冨永良史



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 出来事・日記 コメント(0)
中毒症状みたい。



ここ最近
スプリンター冨永は


2日に1回のペースで
400mを全力で走ってます。
ちょっと無謀な練習メニューです。



10月の末に
全日本マスターズ陸上があるので
それに向けてのことですが


理由はそれだけじゃないんです。


身体が求めるんです。
「もう1回走ろう」
「今日も走ろう」
と、中毒みたいに。



400mという種目は
無酸素運動の限界を微妙に超えてるのに
ほぼ無酸素で走りきるという
無謀な種目なので


あんまり繰り返し練習できません。
当然、疲労がたまってきてます。
だけど、身体がやめようとしません。


しょうがないので
理性の力で強制的に休暇を取ることにしました。




今回はたまたま陸上の中毒でしたが
僕は、たまにこういう中毒症状を発症します。
ひたすらそれをやり続けてしまうんです。
で、症状が終わる頃には、その能力がグイット上がってる
という幸せなことが多いです。


多分最初は
小学2年生の時の「なわとび」です。


なわとび大会1週間前まで
1回も跳べなかったのに
突如として中毒にかかり、ひたすら練習して
優勝してしまいました。



大学受験の時は
数学中毒にかかりました。

嘘みたいなホントの話ですが
夢の中で問題を解いていて

「あ、解けた」

と起き上がり
慌ててノートに書きとめてました。



なわとびや数学が
特に好きだったわけではないんです。

なわとびなんて
跳べなかったんだから好きなわけないですよね。


だけど
突如として
脳みそのモードが切り替わって
それだけをやり続けるみたいなことになります。



多分、僕なりの
上達スパイラルみたいなものがあるんでしょうけれど
まだ意識的にコントロールできません。
なにしろ、突然やってくるので。


なんとか
これをコントロールできるようになって
上達の達人みたいになりたいなと思ってるのですが。。。


とりあえず
瞑想でもしよかな。




その前に
こんだけ400m走って
速くなってるんだろうか。。。
疲れてるだけだったりして。。。


ファシリテーター
冨永良史



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 出来事・日記 コメント(0)
妄想してる人がいっぱいいる。



そこに無いもの(コト)を
「ある」かのように振るまうことを
妄想といいます。


自分ひとりで妄想する分には
「お好きにどうぞ」ですけど
公衆の面前でされると
かなり怖いことになります。



県内の交通マナー
についてのお話です。


今日の地元紙の記事によれば



県外から引っ越してきた人に
福井県の交通マナーを聞いたところ
3割の人が「悪い」と答えた。



んだそうです。

僕も10年以上を県外で過ごし
久しぶりに帰ってきた故郷の交通マナーは
車も自転車も歩行者も


圧巻の
超絶的な
悪さだ


と感じました。


信じられないような
右左折、追い越し、停車、駐車
をしますから。

それに加えて自転車、歩行者は
「飛び込み自殺か!?」と思われるような
横断をしてくださいます。


いつ事故がおきても全然おかしくないです。
実際、うちの近所の交差点は
しょっちゅう事故が起きてます。



何が妄想かというと
そういうものすごい運転をする人達は
多分、普通の運転をする人と


「まったく違う景色」


を見てると思うんです。



広い広い国道が
田んぼの真ん中の農道くらいに
見えてるはずです。


ショッピングセンターの駐車場は
誰も使って無い草原に見えてるはずです。



事実、30年くらい前は
そうだったんですが・・・。



超絶マナーの皆さまの脳みそには
今だのその景色が残存しているようです。
だからお気軽な感覚で


自由奔放な運転


をしてくださるんでしょう。




場所に張り付いた記憶



みたいなものがきっと誰にでもあって
それが昔ながらの行動を喚起するということは
あるんだろうと思います。


悪く言えば
公衆の面前での「妄想」なわけです。



ありのままに
目の前のモノ・コトを見るというのは
かなり難しいものです。


僕も一杯妄想してると思うんですよね。
なるべく独りの時にするようにします。
あぁ、怖っ。



ファシリテーター
冨永良史


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 出来事・日記 コメント(0)
その会議、誰のためだっけ。



職業「会議屋」なので。
(総会屋ではないです)


公私にわたり
様々な会議に出るわけで
日々勉強
日々ストレス
たまに幸せ(笑)



さてと。
会議主催者の皆さまに
とても効果的な問いかけをひとつ。



「その会議
 誰のためのだっけ?」



この必殺の質問に
真摯に答えることで
皆さまの会議は劇的に進化いたします。
会議屋が言うのだから本当です(笑)



まじめな話。
かなりの会議が
主催者目線で企画、実施されていて
その結果、次のようなボヤキが
あちこちで聞かれることになります。



「その話題に僕、関係ないんですけど」
「そんなにいっぱい覚えられません、考えられません」
「あの、何の話か、わからないんですけど」
「あの、やる気、無くなりました。帰っていいですか」



会議のテーマと議論の方法を
参加者目線で考えなおすことは
とても大切で効果的です。



このテーマ設定で関心を持たれるだろうか?
このテーマは参加者みんなに関係しているだろうか?
この議論の方法は、意欲を増すだろうか?

今の議論は、みんなですべきことだろうか?
私の欲求に従いすぎてはいないだろうか?

30分経過。今、みんなはどんな気分だろうか?




主催者であるリーダーの欲求と
参加者の欲求が
まったく同じ次元、レベルにあれば良いのですが
そんなことを期待するのは、かなり贅沢な話です。


というわけで
何も考えないと、会議のテーマ設定や議論の方法は
主催者目線で、主催者ニーズに基づいてしまいます。


「それが主催者、責任者
 というものだろう」


というご意見もありますが
実働部隊=参加者であるわけで
参加者目線で語りあって、腹に落としこんでもらわないことには
求める成果は、遠ざかるばかりで。



あなたのためになることが
私のためになるんだよ。


くらいの懐の深さは
決して道徳の次元じゃなくて
実用レベルの知恵だと思ったりします。



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冨永良史


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始まりの日。始まりの月。


10月1日です。
下半期スタートです。



新聞にも
「今日から新社名でスタート」
みたいな広告が目立ちますね。



そう言えば
福田首相の所信表明演説も
今日でしたっけ。



いろいろスタートする日です。





僕にとっては
生まれ月のスタートです。
10月生まれなので。



10月は僕にとっては特別な月です。
なぜかはわかりませんが
心身のバイオリズムが最高になる月です。
毎年の「幸運」はだいたいこの時期にやってきます。



今日一日
仕事はいろいろありますが


追われず
追いかけず


静かな気持ちで
力を抜いて過ごそうと思います。




さて
ボチボチと
始まり、始まり~。




ファシリテーター
冨永良史



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