東京出張から帰ったと思ったら
次は正反対の下関です。
また新幹線に乗って
瞬間移動しないといけません。
今度は「のぞみ」なので
さらに加速。。。
大丈夫かな。
下関では
全日本マスターズ陸上選手権に
出場してきます。
400mです。
さてどうなることやら。。。
瞬間移動のように
マッハのスピードで
走ってきます!!
結果のご報告は
29日の月曜日です。
それまで
しばしのお休みをいただきます。
では
いってきます。
ファシリテーター
冨永良史
↓皆さまの応援があれば百人力!僕のタイムもグンと伸びます!!


- 2007/10/26(金) 19:17:41|
- 出来事・日記
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僕の走るスピードに比べたら
新幹線のスピードは
瞬間移動みたいなものです。
久しぶりに東京出張して
新幹線に乗りました。
そうすると
新幹線に乗る前の出来事が
ずいぶん前の出来事のように感じられて
なんだかヘンな気分になってます。
僕は昨日
午後から出張だったので
午前中に陸上競技場にいって
練習をしました。
その後、新幹線で東京へ。
夜は東京で仕事をして過ごし、一泊して
今日、また新幹線に乗って福井へ戻りました。
そうすると
競技場で走ったのが
昨日のコトだとは思えないくらい
遠い過去のように感じるんです。
久しぶりの遠出だったことも
あるのですが・・・
それにしてもヘンな感じです。
これも慣れの問題でしょう。
だけど
今の日常での僕の「魂」のあり方は
新幹線のスピードにはついていけてなくて
新幹線に乗ると
まるで瞬間移動したような錯覚に陥ってしまうようです。
だから、身体だけ移動して、魂は移動する前のまんま。
あと3日くらいしたら
僕の魂は東京に着くかもしれません(笑)
その頃
僕は、今度は下関にいるんですけど。。。
ファシリテーター
冨永良史
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- 2007/10/25(木) 20:04:28|
- 発創って何だ?
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食と職の世界が
彷徨ってます。
食にまつわる不祥事は
次々に発覚し
職は「働き方」の価値観を再構築できないまま
「多様な働き方」という一見、前向きな表現のもとで
ニートや鬱病や歪な勝者を生み出し続けています。
このふたつの迷走は
かなりの重なり、相関を持ったもののように
思えます。
職の価値観の混迷に
食が絡め取られ
命の源である食は
単に「貨幣と交換するための商材」に
なり下がっているように見えます
命の源を生み出す
尊い営みである食料生産業は
単に「貨幣を得るための作業」に
なり下がっているように見えます。
命を守り、治癒へと導く医療が
尊い営みであるのと同様に、いやそれ以上に
命を生み出す、作り上げる源となる
農業、食料生産業は尊い営みであるはずです。
市場原理の元で、効率化、淘汰されるのが
本当に正しい道なのか、僕にはうまく判断できません。
それは本当に、単なる「産業」であっていいのか
うまく判断できないんです。
食にまつわる職は
抜きん出て「精神性」の高いものであるべき
なのではないかと思っています。
その精神性が
果たして、市場万能主義、グローバリゼーションの中で
生きて行けるのか、ちょっと心配です。
ファシリテーター
冨永良史
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- 2007/10/23(火) 23:59:36|
- 出来事・日記
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シビレました。
ボストン・レッドソックスの
松坂大輔投手、勝ちました。
ポストシーズンで
2回の敗戦投手になり
チームは窮地に陥り
そこから蘇ったワールドシリーズを賭けた最終戦。
負ければ、もう立ち直れないくらいの
批判にさらされることが容易に予想できた最終戦です。
どれだけ追い込まれて
どれだけプレッシャーを感じて
マウンドに上がったのだろうと
僕の心臓が締め付けられるような思いでした。
だけど、松坂投手のコメントは
「この流れできたら
負けることはないと思ってました」
・・・なんとも、あっぱれ。
松坂大輔を怪物たらしめている
彼の流儀、彼の方法がわかったような気がしました。
イチロー選手も同じように思えるのですが
基本的に、彼らは、「自分との対話」がものすごく深い。
周りがなんと言おうとも
自分で自分と対話して
何ができていて
何ができていないのか
をはっきりと捉えているようです。
だから、周りが「ダメだ、不調だ」と言っても
彼らの中では、不調な中にも「できていること」が
はっきり見えていて、だからこそ
周りの雑音に動じることがないのでしょう。
自分基準が
思い込みやひとりよがりでなく
しっかりと確立されていて
それをものさしに
周りの声に左右されずに冷静に
自分といつも対話しているのではないかと
思えます。
このように
自分との深い対話ができる人にこそ
人との深い対話ができるのでしょうし
だからこそ
松坂投手は2回も負けても
チームメイトから「彼は勝つ」と信じられるような
深い信頼を得ているのだと思います。
本当に
今日はシビレました。
松坂大輔投手、やっぱり怪物でした。
だけど、豪快な怪物の怪物たる所以は
「静かな対話」にあったのだと確信しました。
ファシリテーター
冨永良史
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- 2007/10/22(月) 23:42:09|
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進歩とは
何かが新たに
できるようになること
だと言えそうです。
電話
テレビ
自動車
インターネット
すべて
今までできなかったことを
できるようにしてくれた製品です。
その結果
僕達の生活は
便利になり、ある意味、豊かになり
一方で、必ずしも豊かではなくなりました。
ここで
逆の進歩の価値を考えてはどうかと思います。
「できなくなる」という進歩
です。
制約や不自由によって
それを反動にして
人間の能力は飛躍します。
目が見えない人の聴覚が
並外れて優れるように。
僕達は
制約をどんどん外すことによって
豊かな瞬間や、能力を失ってきたのかもしれない。
そう思うんです。
もし
人間の理性、慣性が進歩するものなら
あえて
自分の欲求の何かを
封じ込めるような
そんな文化を作れてもいいのじゃないかと
思います。
もう、ずいぶんと
長い歴史を刻んできたわけですし。
環境、倫理問題が
噴出する今。
そういう突然変異みたいな
逆方向進歩が起きてもいいのかなと。
ファシリテーター
冨永良史
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- 2007/10/21(日) 23:18:54|
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村上春樹さんの小説を
読み漁った時期があります。
村上さんは比喩がとてもクールです。
例えばこんな表現があるんです。
ふっと思い出しました。
登場人物が
「小さい」ということを
例えていう場面です。
「ホームベースの上に置いた夏みかんを
外野から見るくらいに小さい」
(1973年のピンボール・・・講談社)
どんだけ小さいんだぁ〜
という感じが
ユーモラスでリアルに伝わってきます。
こういう比喩表現を
どれだけ豊富にできるか
ある概念をわかりやすく言い換えるのに
どれだけたくさんのバリエーションを持てるか
ということを
いつも意識していることは
ファシリテーターとして
創造的なコミュニケーターとして
とても有益な訓練だと思います。
小さいと言ったら
小さいに決まっているだろう
ではなく
そこにどれだけ豊かで具体的な
イメージを描けるか
それを人に伝えられるか
それは
議論の創造性を
大きく左右するようです。
どんだけ大きく?
あ、表現できない。。。
今から考えます。。。
ファシリテーター
冨永良史
↓どんだけたくさん応援クリックしてくれるのかなぁ〜。


- 2007/10/19(金) 22:50:57|
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絵日記が宿題になるのって
小学校低学年くらいまででしたっけ?
自分が
生まれて初めて書いた絵日記
今でもボンヤリ覚えてます。
幼稚園の教室の前に小さな庭があって
そこで、小さなシャベル持って遊びました。
そんな内容でした。
小さなシャベルを持った僕が
なぜか直立して描いてあります。
それにしても、絵日記って
なんで、幼少期だけの宿題なんでしょう?
一日を振り返って
印象的な場面を絵に書く。
これはとても
創造的な作業で
脳みその柔軟性を維持、向上させるのに
とても役立つように思います。
なんでも
かんでも
文章にしてしまうのは
硬直化を促進しているのではないのでしょうか。
せめて
俳句にするとか
詩にするとか
そういう
創造的な編集をする習慣を
持っているのといないのとでは
大違いです。
絵日記は
絵というイメージと
文章という論理の合わせ技ですから
さらに創造性が高い。
大人になったからこそ
絵日記。
いい感じです。
ブログ書いてる場合じゃないのかな。。。
ファシリテーター
冨永良史
↓応援クリックしてる場合でもないかな。。。たまにお願いしますね。


- 2007/10/18(木) 22:58:13|
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スプリンター冨永は
全日本大会を前に
急に絶不調に陥っております。
不安です。
復調するんでしょうか?
復調に向けて何をすればいいのでしょうか?
すごい時間をかけて
練習を積み重ねてきたので
直前にきての不調は
動揺してしまうのですが。。。
不安に蓋をせずに
不安と一緒に、身体の声に耳を傾けながら
静かに最後の調整をしていこうと思います。
400mは
走る直前まで
いや、走っている最中も
すごく不安になるんです。
なんていっても
『どうせ最後までは全力がもたない種目』
『途中で、乳酸地獄になって、体が硬直することが
最初からわかりきっている種目』
ですから。
でも地獄の苦しみを怖がっていると
走りが固くなってしまって
余計に辛くなります。
恐怖、不安に蓋をせず
「ほら来た、怖くなってきた、不安になってきた
さてどうする?自分!」
のように
正面から受け止めていくことが
必要なんだなと最近、よく思います。
最近のキャッチフレーズは
『乳酸、ドンと来い』
です。
乳酸がジワジワ身体に滲んでくる
200m過ぎに、脳裏でこうつぶやくんです。
不安はなくせないもの。
不安は正面から向き合った方が
力になるもの。
そう考えています。
ファシリテーター
冨永良史
↓みなさんが応援してくれないと、不安なんです。。。


- 2007/10/17(水) 20:55:49|
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煮詰まると
だいたい
自分には何もできない
能力も、可能性もないぃぃぃ
ダメだぁぁ
なんて、落ち込んだりします。
わりと脳天気な僕ですが
たまには、こんなことになります。
自分を追い詰める
という状態です。
脱出の法則、見つけました。
自分の能力、可能性を
考えるのをやめる。
その代わり
自分と
自分の周りの人達を足すと
どんな能力、可能性があるかを
考える。
自分は空っぽ。
自分とみんなが触れ合う間にこそ
何かが生まれる可能性があると
開き直って考える。
そう考えると
次の一歩を踏み出す勇気が生まれます。
ウダウダ考えずに
相談してみよ。
とか、そういう一歩は
自分の可能性から
いい意味で決別して
可能性は
自分とみんなの間に求める
という姿勢から
生まれるんだと思ってます。
ファシリテーター
冨永良史
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- 2007/10/15(月) 22:26:45|
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大仰なタイトルの割りに
考えていることは
ささやかです。
正義と
普遍性と
効率と
まだ他にもあると思うけれど
この種の概念が
僕達の「今、ここ」を
とても貧しくしているように感じます。
これらは
正しさ、真理を追求する時の
尺度になっていたりもしますが
一方で
不正解を切り出す
ナイフにもなっています。
それは
正義ではない。
普遍的でない。
効率が悪い。
だから
ダメだ。
間違っている。
やめよう。
やるな。
いい加減でテキトウなものが
キレイさっぱりと排除されていきます。
排除された中から
すっごい革新が生まれるのは
いつものことで。
正義、普遍、効率のような
A級品だけの世の中は
なにか病院のような空気が漂ってそうです。
清潔だけど、生きる場所ではないような。
B級なものごとを
憤って排除する前に
その可能性を受けとめられるか。
そのあたりが、大人のなり方で大事なコトのように思います。
意外と、子供の方が大人だったりして。
先述の、クエンティン・タランティーノ監督は
A級映画、感動の名作を創る気がまったくないようです。
偉大なるB級映画の名手です。
彼の映画は、B級だけど、示唆に溢れ
脳みそを激震させてくれます。
タランティーノと並んで
僕の脳みそに甚大な影響を残してくれた
故・中島らもさんは
「B級はエイキュウだ」
とおっしゃっていました。
大好きな言葉です。
ファシリテーター
冨永良史
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- 2007/10/14(日) 18:02:28|
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まだ春のことだったと思います。
体調崩しちゃいけないときに
やばくなって
これはマズイ
と、うがいを習慣にしたんです。
絶対に、風邪ひかないように。
その時
かろうじて、症状の悪化を免れたので
以来、ずっとうがいを習慣にしてました。
で、今日。
その習慣がすっかり途切れいているのに
「気づき」ました。
いつからだろ
うがいしなくなったの。
ずっと体調が良かったので
いつの間にかしなくなったんでしょう。
習慣が途切れてることに気づかない自分にびっくりです。
もはや
健忘症まぢか。
習慣と言うのは
つくるのは難しく
壊すのはなんとも簡単なもののようです。
アリストテレスとかいう偉人は
「人格は繰り返す行動の総計である。
それゆえに優秀さは単発的な行動にあらず
習慣である。」
とか、おっしゃってます。
うがいすら忘れる僕は
いつになったら優秀さを獲得できるのか
なんとも遠い道のりです。
ファシリテーター
冨永良史
↓応援クリックを習慣にしてくださいませ。


- 2007/10/06(土) 23:34:56|
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ここ最近
スプリンター冨永は
2日に1回のペースで
400mを全力で走ってます。
ちょっと無謀な練習メニューです。
10月の末に
全日本マスターズ陸上があるので
それに向けてのことですが
理由はそれだけじゃないんです。
身体が求めるんです。
「もう1回走ろう」
「今日も走ろう」
と、中毒みたいに。
400mという種目は
無酸素運動の限界を微妙に超えてるのに
ほぼ無酸素で走りきるという
無謀な種目なので
あんまり繰り返し練習できません。
当然、疲労がたまってきてます。
だけど、身体がやめようとしません。
しょうがないので
理性の力で強制的に休暇を取ることにしました。
今回はたまたま陸上の中毒でしたが
僕は、たまにこういう中毒症状を発症します。
ひたすらそれをやり続けてしまうんです。
で、症状が終わる頃には、その能力がグイット上がってる
という幸せなことが多いです。
多分最初は
小学2年生の時の「なわとび」です。
なわとび大会1週間前まで
1回も跳べなかったのに
突如として中毒にかかり、ひたすら練習して
優勝してしまいました。
大学受験の時は
数学中毒にかかりました。
嘘みたいなホントの話ですが
夢の中で問題を解いていて
「あ、解けた」
と起き上がり
慌ててノートに書きとめてました。
なわとびや数学が
特に好きだったわけではないんです。
なわとびなんて
跳べなかったんだから好きなわけないですよね。
だけど
突如として
脳みそのモードが切り替わって
それだけをやり続けるみたいなことになります。
多分、僕なりの
上達スパイラルみたいなものがあるんでしょうけれど
まだ意識的にコントロールできません。
なにしろ、突然やってくるので。
なんとか
これをコントロールできるようになって
上達の達人みたいになりたいなと思ってるのですが。。。
とりあえず
瞑想でもしよかな。
あ
その前に
こんだけ400m走って
速くなってるんだろうか。。。
疲れてるだけだったりして。。。
ファシリテーター
冨永良史
↓中毒のように、クリックしまくってください。


- 2007/10/05(金) 23:32:18|
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職業「会議屋」なので。
(総会屋ではないです)
公私にわたり
様々な会議に出るわけで
日々勉強
日々ストレス
たまに幸せ(笑)
さてと。
会議主催者の皆さまに
とても効果的な問いかけをひとつ。
「その会議
誰のためのだっけ?」
この必殺の質問に
真摯に答えることで
皆さまの会議は劇的に進化いたします。
会議屋が言うのだから本当です(笑)
まじめな話。
かなりの会議が
主催者目線で企画、実施されていて
その結果、次のようなボヤキが
あちこちで聞かれることになります。
「その話題に僕、関係ないんですけど」
「そんなにいっぱい覚えられません、考えられません」
「あの、何の話か、わからないんですけど」
「あの、やる気、無くなりました。帰っていいですか」
会議のテーマと議論の方法を
参加者目線で考えなおすことは
とても大切で効果的です。
このテーマ設定で関心を持たれるだろうか?
このテーマは参加者みんなに関係しているだろうか?
この議論の方法は、意欲を増すだろうか?
今の議論は、みんなですべきことだろうか?
私の欲求に従いすぎてはいないだろうか?
30分経過。今、みんなはどんな気分だろうか?
主催者であるリーダーの欲求と
参加者の欲求が
まったく同じ次元、レベルにあれば良いのですが
そんなことを期待するのは、かなり贅沢な話です。
というわけで
何も考えないと、会議のテーマ設定や議論の方法は
主催者目線で、主催者ニーズに基づいてしまいます。
「それが主催者、責任者
というものだろう」
というご意見もありますが
実働部隊=参加者であるわけで
参加者目線で語りあって、腹に落としこんでもらわないことには
求める成果は、遠ざかるばかりで。
あなたのためになることが
私のためになるんだよ。
くらいの懐の深さは
決して道徳の次元じゃなくて
実用レベルの知恵だと思ったりします。
ファシリテーター
冨永良史
↓その応援クリック、僕のためですよね(笑)


- 2007/10/03(水) 21:53:32|
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10月1日です。
下半期スタートです。
新聞にも
「今日から新社名でスタート」
みたいな広告が目立ちますね。
そう言えば
福田首相の所信表明演説も
今日でしたっけ。
いろいろスタートする日です。
僕にとっては
生まれ月のスタートです。
10月生まれなので。
10月は僕にとっては特別な月です。
なぜかはわかりませんが
心身のバイオリズムが最高になる月です。
毎年の「幸運」はだいたいこの時期にやってきます。
今日一日
仕事はいろいろありますが
追われず
追いかけず
静かな気持ちで
力を抜いて過ごそうと思います。
さて
ボチボチと
始まり、始まり〜。
ファシリテーター
冨永良史
↓下半期のスタートに景気良く、応援クリックお願いします。


- 2007/10/01(月) 08:38:50|
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