発創アリ。

2007 09
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ひらがな読めない病。


小学校の高学年から中学生にかけて
僕は、かなり頻繁に


「ひらがな読めない病」


を発症してました。
どんな病気かというと


普通にしてるときは
スラスラ読めるんです。
だけど、なにかの拍子に


その文字を凝視する



だんだん文字から意味が剥がれ落ちてきて
たんなる奇妙な形に見えてくるんです。


「あ」は「あ」に決まってるのですが
それを凝視してると


「あ」という意味がどっかにいっちゃって
たんなる「変な形の線」になってしまい


あれ?これって、何の字だっけ?


となるわけです。
ひらながですらこの状態ですから
漢字はもっとわけわかりません。


凝視すればするほど
複雑怪奇な線の集まりになってしまって



「なんでこんなわけわからないものを
 一生懸命、覚えてるんだろぉ」


なんて気持ちにしょっちゅう陥ってました。



ひらがなも漢字も
「ある形」に「ある発音、ある意味」を
日本の社会が歴史的な「お約束」として
貼り付けているわけですね。


カタチそのもには
もともと発音も意味もない。


そこにお約束として


「あ」は「あ」と発音します。
「難」は「なん」で「むずかしい」という意味です。


という具合に
音と意味を貼り付けている。
それが、凝視することで、音や意味が剥がれ落ちて
カタチだけが浮き出てくるから
わけがわからないことになってしまってたんです。



今は
「ひらがな読めない病」
ほとんど発症しません。



それくらい
形と音と意味が
強固に結びついてしまっていて
そう簡単には剥がれないんです。



でも、実は

この病気が出ないのって
寂しいことだな

と思ったりします。



形から意味を引き剥がすとか
既存のお約束を「なかったこと」にするとか


そういう視点で
まわりのモノや現象を観ることは
とても大事だと思うからです。




ファシリテーター
冨永良史



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