発創アリ。

2007 04
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「教室」という「洗脳」装置。



よくある普通の
「教室」は



先生が前に立ち
生徒が先生に対面する形で
座る配置


になっています。


この配置には
「前提」となる考え方
があるように思えます。


それは


先生が
生徒に教える。


先生は知っている。
生徒は知らない。
教えるまで知らない。


というものです。



この考えは


間違っている


とは言いませんが



常に正しくはない。


生徒同士の対話から生み出される
イキイキとした知恵・やる気
をもっと大切にする必要があると思います。


なのに
「教室」の構図は


誰かから教えてもらわないと
正しいことはわからない


という考えを生徒に染み込ませているのではないでしょうか。
ここで言う「生徒」とは
何も子供に限りません。


教室に座る
あらゆる年代の人たちです。



「教室」の構図は

一種の洗脳のように
大人になっても、学びの姿勢に
影響を与え続けています。


今の社会
かなりの人が

自分でない誰かに
「絶対に正しい答え」
を求め続けている

ように見えます。



自分たちで話し合って
自分たちの正解を導き出す


そういうことこそが
今の社会に必要だというのに・・・。



ハウツー本に頼り
専門家に聞き
前例を調べ…。



正解を探し続けて
右往左往してばかり。



生徒の前に立つ教師に
求められるもうひとつのこと。
もうひとつの教室のあり方。
それは


生徒たちが

地に足をつけ
自分たちが見て、触って、感じられるものをもとに
自分たちの答えを出していけるように

生徒同士のふれあいを通じて
信頼関係で結ばれるように

場をつくり
支援すること。


そういう教師、教室
そういう学びの場が
もっともっと必要ではないかと
考えています。



それが
僕がファシリテーターを志す
大きな理由でもあるんです。




「教室」の「洗脳」
が解けたとき


誰もが確信に満ちた
歩みをはじめるだろう。

そうなったとき
社会はもっとあたたかでやわらかいものになるだろう。

そんな気がするんです。





ファシリテーター
冨永良史


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