ここしばらく
大阪に通い続けて
キャリアカウンセリング
の勉強をしてました。
ファシリテーションという
大勢の人と対面する仕事をしているので
人の心と深く向き合うスキルは
まだまだ向上させないといけない
と思っているからです。
一応、心理学科出身ではありますが
不良学生だったので
カウンセリングもほんのひと齧りしただけですし。
毎週5時に起きて
大阪に通った甲斐はありました。
すごく。
いろんなタイプ、職業の人と知り合い
お互いに自分を深く見つめ合い
語り合い、心のゆれを感じ合い。。。
静かに心の動きと向き合う
ということを学びました。
自分の心でも、相手の心でも
それが揺れるということは
無意識の内に
よくないこと
隠したいこと
見なかったことにしたいこと
と
今まで思ってたような気がします。
でも
カウンセリングの勉強をして
そういうことを、そういうものだと許して
静かに向き合えばいいんだと
良い意味での、開きなおりを得たように感じています。
今までよりも
もっと静かな気持ちで
相手を動かそうという意識から自由になって
相手を信じ
ゆったりと向き合いながら
ファシリテートする
というイメージが
クリアに浮かんでいます。
そう遠くない将来
こういうファシリテーションが
出来るはずだと
そう思えます。
身体的にも
経済的も
ツライ大阪通いでしたが
大きな学びを得ました。
行って良かったです。
自己投資は
必要だなぁと
思い切らないといけないなぁと
あらためて感じてます。
ファシリテーター
冨永良史
↓応援クリックを願いします。10位あたりウロウロしてますので。


- 2007/03/31(土) 23:23:31|
- 出来事・日記
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大好きなテレビ番組
「プロフェッショナル・仕事の流儀」で
映画監督、宮崎駿さんの仕事術が
紹介されていました。
僕はこの番組を観ることは
娯楽でもあるんだけれど
仕事、勉強だとも思っていて
かなり
「必死」に
「凝視」するようにしてます。
すごく印象的だったのが
新作を考えるときに
シナリオではなく
カギとなるシーン
から考える。
ということ。
ストーリーもないのに
シーンがまず出来上がるんです。
それはそれは
丁寧に描き込んだ一枚の絵
にその映画のすべてが凝縮されているわけです。
キャラクター
基本的な色使い
雰囲気みたいなもの
ひとつのシーンを表したその絵
「イメージボード」と言うらしいですが
それがまるで
映画の「種」であるかのように
そこから
ストーリー、キャラクター、コマ割などが
ムクムクと芽吹いてくる。
それを観ていて
「あぁ、そうだよなぁ」
とわけもわからず共感しました。
シナリオは論理。
シーンは直観。
論理から入るのではなしに
直観から入って
それを論理に展開していく。
そのプロセスにとても魅かれました。
論理の限界を
直観で破る。
でも
直観に委ねきるわけではない。
とても参考になります。
今までも
何かを考えるときは
とりあえずスケッチブックを開いて
いろいろ書きつけるようにしてたのですが
まだまだ「言葉、論理」の壁を壊せずにいるようです。
これからは
意識して「絵、シーン」から
考え起こすようにしてみようと思います。
それにしても
宮崎駿さんのような天才が
「あぁでもない、こぉでもない」
と迷い、苦悶しながら映画を作っていく様子は
特別じゃないんだと
安心させられる一方で
あの天才でもこうなんだから
自分の迷いや苦悶は全然たりないな
と反省させられました。
プロフェッショナル・仕事の流儀
やっぱりいい番組です。
ファシリテーター
冨永良史
↓論理でなく、直観でクリックしてください。ただいま11位と3位!


- 2007/03/30(金) 20:07:19|
- 出来事・日記
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組織の中でいっちばん大事なもの。
資本?
人材?
知的所有権?
僕は
風土
言い変えると
その組織に特有の
気分
だと思ってます。
この人たちとの
コミュニケーションからは
こんな気分しか生まれない
という
組織特有の気分
があります。
気分は
つかみどころがありませんが
気分は
行動の質に最大の影響力を持ちます。
どんなに緻密にプランニングされた行動でも
その成果を最終的に左右するのは
それを実行する時の「気分」です。
どんな
気分でそれを実行するのか?
が一番大事。
で
気分は
その人の特性から生まれるというよりも
その人とその組織・環境との相互作用から生まれます。
組織を動かす立場になったら
成果、売上、利益にも増して
組織の中に
どんな気分を
どのように醸し出すか
それが
一番の課題だと思います。
ファシリテーター
冨永良史
気分良くクリックしてもらえるような記事を目指してます。
↓ワンクリックのご協力をお願いします!


- 2007/03/29(木) 23:06:49|
- 発創する組織風土
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■●発創する会議術62.●■
■悲惨な会議は何を奪うのか?
会議が
組織から奪うのは
時間とそのコスト
だけでしょうか?
10人が2時間の会議をすれば20時間。
ひとりがフルタイムで丸2日働く以上の
時間・コストが消費されます。
会議の結論は
この時間・コストとだけ比較され
その生産性を評価されるのでしょうか?
怒られるばかりの
自己主張するばかりの
沈黙が続くばかりの
悲惨な会議を終えて
会議室を後にするときの
あの
「暗澹たる気分」
にこそ
注目しなければならない
と考えています。
その気分を持った人は
その気分のまま
まわりの人とコミュニケーションします。
マイナス思考になり
愚痴をいい
やっつけしごとをし
部下に辛くあたり…
会議室の気分は
そうやって組織全体に広がっていきます
会議室はいわば
「ウイルス培養室」
そこで生まれた
「気分」というウイルスが
あっという間に組織全体に伝染します。
そして
現場最前線の士気と振る舞いに
大きな影響力を持ちます。
会議に費やす
時間・コストなんて
些細なもの。
そこで生まれる
気分というウイルスの
影響力の強大さ
を見逃してはいけません。
どんな気分で会議室を後にするか?
は
どんなウイルスを組織に伝染させるか?
と同じ意味なんです。
元気活力ウイルス
を培養できる会議か
活力破戒ウイルス
を培養してしまう会議か
どっちですか?
ファシリテーター
冨永良史
↓「クリックしたいウイルス」があなたに伝染してます(笑)


- 2007/03/27(火) 21:44:33|
- 発創する会議術
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その問題はなぜ起きたのか?
という問いと
その問題はなぜ解決しないままなのか?
という問いは
当事者に突きつけるものの質が
異なるように思えます。
なぜ解決しないままか?
という問いを共有するとき
組織の活性度は
ゆっくり上昇するように思えます。
ファシリテーター
冨永良史
↓なぜクリックするのか?なぜクリックされないのか?


- 2007/03/26(月) 22:12:47|
- 出来事・日記
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近所に
やたらと短時間で
青赤が切り替わる信号があります。
で
ここ数年
ここを通るときは
ほぼ100%「赤」だったんです。
ほんと
あまりにも
赤しかないので
「嫌がらせか?」
と真剣に疑いたくなったくらい。
でも
今年に入ってからは
ほぼ100%「青」なんです。
いつ通っても「青」
すーっと気持ち良く通れる。
どうってことない
偶然の出来事でしょうけどね。
でも
何かが「開けてきてる」気がして
気持ちがゾワゾワと動くのを感じます。
偶然だけど
何かを意味する偶然て
僕は信じてます。
因果律がすべてじゃないと
思ってます。
ファシリテーター
冨永良史
↓そういえばクリック数、落ちてます。これは偶然でしょうか?


- 2007/03/25(日) 22:00:17|
- 出来事・日記
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治まったと思っていた花粉症が
またも唐突にやってきました。
ハックション
ハックション
ハックション
とどまるところを知りません。
何にも手につきません。
意識朦朧です。
あ〜
やだやだ。
朦朧とした意識で思うんですが。
花粉症は
半分以上、自分のせい
だと思ってます。
自分の
食べ方、飲み方
気の持ち方
運動のし方
がいろいろ絡み合って
心身の状態が外界と仲たがいしてる。
ともかく外界を受け付けない状態になってる。
そういうことだろうと思ってます。
外界への拒絶反応。
外界と心身をチューニングしなおせば
治るだろうと思ってます。
生活のリズム整えたり
メディテーションしたり
油ものを少なくしたり
有酸素運動を増やしたり
1ヶ月前は
そんなこんなで悲惨な状態が
治まりました。
こういう
外界への拒絶反応って
なんでもかんでも入ってくるもの拒絶する状態って
組織にもありそうな気がします。
それは
組織のひとりひとりの
ちょっとした振る舞いの積み重ねが
外界と仲たがいを起こす風土をつくってしまって
何にも受け入れられない
何にも学べない
どこかズレテルと言われる
そういう状態になってしまう。
組織の
花粉症。
ありかも。
組織にも
定期的な
チューニングが
必要じゃないですか?
ファシリテーター
冨永良史
↓花粉症仲間はクリック!!そうじゃない人も同上クリック!!


- 2007/03/23(金) 21:20:09|
- 出来事・日記
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「そんなの当たり前」
「考える間でもない」
でも
ちゃんと考えてみたら
「たんなる自分勝手」
「考えたことなかっただけ」
だったりして。
自分の中の当たり前は
当たり前になってる理由があって
そこに目を向けると
すごく
恥ずかしい理由だったりしそうで
怖いです。
これが
組織だったら
集団思考の影響で
もっとすごく恥ずかしい理由で
その組織でしか通用しない
当たり前が生まれてたりして。
当たり前は
怖いです。
当たり前を放置すると
かなり恥ずかしいです。
当たり前を疑うのが
チャンスの始まりとは
いろんな人が言ってます。
当たり前を放置するのは
失敗と恥と退化の始まりではないでしょうか。
ファシリテーター
冨永良史
↓クリックは当たり前のようにしてくださっていいんですよ。


- 2007/03/22(木) 22:58:29|
- 発創する組織風土
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体験からの学びが
一番深い。
そうです。
その通りです。
教科書で
言葉だけで理解するより
やってみて
身体で感じたことから
吸収する方がずっと深い。
でも
ひとつだけ
注意点がありそうです。
体験から学べることは
学ぼうとしていることだけ。
言い方を変えると
学びたくないこと
学ぶつもりのないことは
学べないし、そもそも見えない、感じられない。
体験し尽くす
というのは、実は結構難しくて
体験をふりかえったときに
価値ある学びとして思い出されるのは
自分の価値間のフィルターを通過したことだけです。
だから
偏った価値観の人が
どれだけ体験から学ぼうとしても
そのままでは
何も変わらない。
体験から学ぶつもりなら
あらゆる価値観をストップさせて
真っ白な気持ちで体験に「没入」していく
必要があるのではないでしょうか。
これがすごく
難しいんですけどね。
価値観て「思考のクセ」みたいなところがあるから。
あなたに特有の価値観
組織に特有の価値観
いったん、停止させてみてください。
きっと新しい学びがあると思うんです。
きっと。
ファシリテーター
冨永良史
↓すべての価値観を捨てて、クリックに没入してください。


- 2007/03/21(水) 16:48:09|
- 発創する勉強術
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「プロフェッショナル仕事の流儀」
という番組が好きで、よく観てます。
昨夜の放送で印象に残った
茂木健一郎さんのコメント。
>脳の外に出して見せられること(方法、知識)は
>実はたいしたことではなくて
>どうしても取り出して見せることができないこと
>こそがとても大切。
>それは努力に努力を重ねた先にしかつかめないもの。
確か
こんな感じだったと思います。
僕は次のように理解しました。
言葉、文章にできるようなノウハウは
いくら真似ても、成功者と同じ成果は出せない。
成功者が努力の積み重ねの先に
ようやくつかんだ言葉にできないノウハウこそが
成果の源になっている。
こんなことを考えながら
教えるってどういうことだろう。
と思いがめぐりました。
言葉にして
テキストに沿って
ハウツー本、ビジネス書にして
教えられることは
脳みその外に取り出せるもの。
でも
本当に大切なコトは
そこにはない。
教えるって
今さらながら
一緒に汗をかく
体験を共にする
一緒にふりかえる
ってことなんだろうな。
と思わされました。
特に
一緒にじっくりと
プロセスをふりかえり
味わい尽くす
ということが
大切だろうと思います。
体験したことに
どう向き合うか。
体験したことを
どう再解釈するか。
そして
どう次に活かすか。
そこのところが
脳の奥底に蓄積される
取りだせない知の質を決めるような気がしてます。
ファシリテーター
冨永良史
↓脳の奥底から「クリックしようよ」って囁きが聞こえませんか?


- 2007/03/16(金) 20:55:26|
- 発創する教育術
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一応
心理学科出身なので
「ユング心理学入門」
とか読んだりします。
学生時代に読んだ本で
久しぶりに引っ張り出したら
次のような箇所にマーカーが
引いてありました。
以下、引用です。
>ラッセルが物理科学に対して
>「物理学はわれわれが物理世界について
>よく知っているから数学的なのではなく
>あまりにも知らないから数学的なのである。
>われわれが発見することができるのは
>ただその数学的な性質にすぎぬのである」
>と述べている。
(以上、引用)
僕なりに噛み砕くと
論理的に表現できることがすべてではなく
論理的に表現できることしか理解できないから
論理に頼っているだけ。
という感じでしょうか。
論理は
事実のすべてを伝えるのではなく
それによって伝えられる部分を伝えているにすぎない。
学生の時から
僕の論理嫌いは始まってるようです。
論理からこぼれ落ちてしまうものをこそ
大事にしたいと思ってます。
ファシリテーター
冨永良史
↓論理にたよらず、心の赴くままにクリックを。


- 2007/03/15(木) 20:40:36|
- 出来事・日記
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「えっ」というような
出会い
とか
「おぉ」というような
仕事の依頼
とか
運としか思えないようなことが
結構、立て続けに起きることがあります。
運は
寄ってくるんですよ。
きっと。
自分の引力が高まったときに
運は向こうから引き寄せられてきます。
論理的に説明すると
強く描いているイメージが
認知スタイルを変えて
外界に対する焦点の当て方が変わり
そうすると外界の見え方が変わるから
それにともなって行動が変わる。
行動が変われば
結果が変わる。
ということかもしれませんけど。
結局
問われるのは
自分が願っていることを
どれだけ本気で強くイメージしてるか。
ということなんでしょう。
成果を出したい。
って思っているようでいて
実は、「ツライ仕事から解放されている自分」
ばっかり、強くイメージしてたりしますからね。
ありがちなパターンとしては。
自分が願っていることと
いっつも思い浮かべているイメージと
本当に一致しているか?
静かな気持ちで
チェックしてみる価値はありそうです。
ファシリテーター
冨永良史
↓みなさんがクリックしているイメージがくっきり浮かんでます。


- 2007/03/14(水) 21:51:52|
- 出来事・日記
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企業は
どこでも
厳しいから。
無駄なこと
してる余裕ない。
とか言って。
スリム化
効率化。
でも
思うんです。
その先には
やせ細った
マインドしか
ないよな。
って。
スリム化そのものが
目的ならいいですけどね。
そうじゃないですよね。
すんごい成果出したいんですよね。
イノベーションとか
盛んに言ってるわけだから。
で、その
すんごい成果とか
すんごい効率的な方法とか
そういうのは
果てしない無駄の先にしか
ないと思うんですよね。
しょ〜もない
超超くっだらない
おしゃべりを
山のようにした先に
ほんの少しの
だけどメガトン級の成果が
あると思うんですよね。
そこ
目指したいです。
無駄、大好き。
ファシリテーター
冨永良史
↓無駄なクリック、いっぱいしちゃってください。


テーマ:成果を生み出す組織風土 - ジャンル:ビジネス
- 2007/03/09(金) 21:57:27|
- 発創する組織風土
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経営者は
上に立って指揮するか?
先頭に立って引っ張るか?
後方で支援するか?
いやいや
経営者たるもの
立ち位置は
真ん中
だと思うわけです。
組織の全方位に広がる経営環境に
社員は輪になって立ち向かい
経営者はすべての社員の輪の
真ん中に位置して
ネットワークの
結節点として
支援者として
機能する。
というのが
よろしいかと思います。
輪になった組織図って
見たことありませんね。
そういえば。
和を大切にしようというのに
輪にならないのは
不思議な気もします。
ファシリテーター
冨永良史
↓クリックでつながる、共感の輪!


テーマ:成果を生み出す組織風土 - ジャンル:ビジネス
- 2007/03/06(火) 21:27:45|
- 発創する組織風土
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握手して
相手の手の感触を感じると
親近感、増します。
車座になれば
ざっくばらんに
話せるような気になります。
動作をシンクロさせれば
一体感が生まれて
安心します。
これ
みんな
身体感覚。
頭であれこれ判断してないんだけど。
身体が感じ取って
心に響かせることです。
こういうことって
組織にとって
とても大事だと思えます。
身体感覚は
論理より
はるかに強烈な影響を
持続的に持ちますから。
ある種の宗教儀式って
こういうことの応用です。
ロックバンドのライブもそうですね。
チームとしての結束、一体感を
どう作り上げるか。
身体、直観に訴える方法は
もっともっと重視されて良いのではないでしょうか。
洗脳と紙一重ではありますが。
ファシリテーター
冨永良史
↓クリックしたくなりました?これは洗脳じゃありませんから(笑)


テーマ:成果を生み出す組織風土 - ジャンル:ビジネス
- 2007/03/05(月) 22:00:25|
- 発創する組織風土
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