発創アリ。

2006 12
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沸騰しない人。
■■発創する会議術40.■■

■沸騰しない人。


前々回「場の沸点」で
渡辺さんからご質問いただいたので
コメント欄でもちょこっと考えましたけど


もういっかい整理を。



議論が盛り上がって、場が沸騰してるのに
な~んにもしゃべらずに沸騰しない人って
いったいどうなってるんだ?


という問題です。


こういう「おいてかれてる人」には色々ありますが
大きく分けると

①実は、その場に必要ない人
②なぜ、その場にいるのかわかってない人
③何を話しているのかわかってない人

がありそうです。


①がいちばん深刻で、かわいそうで
かつ、すぐに解決できる問題です。


会議っていうと
いつものメンバーでいつもの日時に
なんて、ワクが決まってしまってるケースが多いですけど

それをやっちゃうと
不幸にも、まったく関係ない議論に付き合わされる人が
出てくるわけです。

何を話すかによって、だれが話すべきかは
変わって当然なわけですから
会議を開く前には、だれを集めるべきかを
きちんと考えるべきでしょう。



②なぜその場にいるのかわかってない人

部門を代表者としてとか
プロジェクトの責任者としてとか
そういう肩書きの次元でなら
たいがいの人は理解してるのですが

どういう知識・経験を背景として
どういう発想、発言、行動を期待されて
ここに呼ばれているのか

という「動詞」レベルで理解している人
となると、ぐっと減ります。

ここは会議主催者が
会議前でも開始直後でも
ひとりひとりに

何を期待しているのか

を伝えてあげると
おいていかれずに
連れていってあげることが
できるはずです。



③何を話しているのかわかってない人

このケースのやっかいなところは
議論に参加して沸騰しちゃってる人にとっては

何を話しているのか

なんてことは、当然の前提であって
それがわからない人間がいるなんて思いもよらない
というところなんです。

何を話しているのかわからない
なんてあり得ないから、話に乗ってこないと

イライラする、腹が立つ、サボっているように見える。
だから責め目線で見る。
そうすると、その人は余計に会議が嫌になる。

という悪循環に陥りがちです。

でも、お互いの知識、経験、問題意識が違うわけですから
人によっては論点が理解できないということは
当然、起こりえるわけです。

それが当然ある、ということを前提に
議論に入るときは、みんなで

何を、なぜ問題にしているのか
解決策のイメージは例えばどんなものか
考慮しないといけない条件は何か

くらいのことは、しっかり共有しておくとよいと思います
こうすると焦点がハッキリして
みんな議論に参加しやすくなりますから。


というわけで
以上3ケースについては
それなりに回避する方法がありそうなんです。


でも
他にも「沸騰しない人」の理由は
ありそうですね。
人それぞれ、いろいろですから。


渡辺さんのおかげで
色々考えるきっかけができました。
ありがとうございます。


こうやって
ご意見、ご質問、いただいて
それをきっかけに考えるって
楽しいですね。

そうだ
募集します。

ご意見、ご質問、こんなコト考えたい。
とか、募集します。


いつも
「発創アリ。」
を読んで下さっている皆様
たまたまたどり着いた皆様

こんな場合はどうするんだ?
こういうことしたら失敗したぞ
これやったら成功したぞ
こりゃいったいどうなってるんだ?

などなど
お寄せくださいませ。



公開できないものについては
メールしてください。
個別に議論しましょう。


ということで
思いつきで、募集告知でした。



ファシリテーター
冨永良史

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 発創する会議術 コメント(0)
学問に負けるな。

前回のエントリーで
答え丸暗記の効用について書きました。
まず「型」を身につけることが必要だと。


で、もう一方で


「型」に閉じ込められないこと


も大事だと思うわけです。
型に使われてはいけない。
型は、それを使って現実に働きかけるためにあるんだから。


型なし、もダメだけど
型とらわれ、もダメでしょう。

スキあらば、型破り
と考えているのがいちばんいい感じ。

びみょ~なバランスですけどねぇ。


一生懸命に学問をした結果
学問を通してしか世界を見れなくなってしまう状態。
そんなのないですかね?


世界に学問を取り込んで
適用してこそ価値が出てくるはずなんですけど

逆に、学問に世界を取り込んで
そこで世界を切り刻んでしまう。


難しい言葉ばっかり使う人とか

何かっていうと

>●●学的には、こういう場合・・・

とか

>理論的には・・・のはずなです。

とか

>いや、それはロジックが違うんじゃないの


なんて言う人とか、怪しいなぁ。
学問に負けてるんじゃないかと。


どんなにすごい概念でも伝わらない限り無意味だし
●●学のために生きてるわけじゃないし
理論的にどうだろうと、現実はグチャグチャ柔らかいものだし
ロジック第一にしたら、友達いなくなるし


というわけで
学問は道具です。

使ってナンボ。

学問するために世界があるわけじゃないですから。


実戦だけもダメだけど
学問だけでもダメと
ど~ということない結論ですね。


ともかく
皆さん、走りませんか。
身体、動かすと
いろいろ偏りなくなりますよ。
スカッとするし。



スプリンター&ファシリテーター
冨永良史


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 発創って何だ? コメント(0)
答え丸暗記。
■■発創する勉強術5.■■

■答え丸暗記。



答えを見ずに
自力でちゃんと考える。


ということが
「ちゃんとした勉強法」
だと思われています。


答えを簡単に見てたら
考える力が育たないとか
言われますから。



でも
ファシリテーター冨永は
この考えには大いに疑問があります。


思考力をつけることは大事。
でも

最初から
答えを見て、丸暗記しても
思考力はちゃんと育つんです。


むしろ、その方が有効なはずです。


答えは他人の思考プロセスそのものです。
しかも、一流の思考力を持った人の一流の思考プロセスです。

答えを丸暗記するということは
一流の思考プロセスを追体験するということなんです。
そんな体験をすれば、思考力が身に付かないはずがありません。

もっとも効果的な学習は体験なんですから。


素振りがしっかりできるようになってから
ボールを打ち
ちゃんとミートできるようになってから試合にでる。


スポーツでは当たり前のことです。
思考にも練習、訓練は「みっちりと」必要なはずです。




なのに
学校を始め、社会全体的に
いきなり自力で考えることを推奨している。

素振りをあんまりさせない。

これじゃ、時間がかかりすぎるし
洗練されないプロセスが身についてしまう。
だから、その修正にも時間がかかる。


自力で考えるのは
一流の思考プロセスを身につけてからでいい。
それは武道で言えば、いわば「型」を身につけること。


型を身につけてから
次に、それを新たな問題に適用することを考え
さらに、型を自分なりのオリジナルに発展させることを考える。


自力で考えることにこだわり過ぎると
型が身につかないと思うんです。


学生でも社会人でも
勉強法の常識を疑った方がいいです。


ちゃんとした
まじめな勉強法


がいいとは限らない。



>個性にあわせて
>のびのびと考えさせる。


よく聞くフレーズですが
僕は、この言葉の中に「まやかし」
を感じます。



ファシリテーター
冨永良史


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 発創する勉強術 コメント(0)
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