発創アリ。

2006 12
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場の沸点。

その点を越えると
議論が急に活性化するような
そういう


場の沸点


みたいなものあるんでしょうか。
昨日、それが見えたような気がして。


地元、福井の仁愛大学にて
金田教授が主催する


戦略的コミュニケーション研究会
第3回


金田先生的に言うと「第3回戦」
「~回戦」というところが、素敵です。


さて
「で、このチームで何する?」
という議論をブレスト形式でやってみたわけです。


最初はポツ、ポツっという感じだったんですけど
ある人の、ある発言が起爆装置みたいになって
意見が連鎖し始めました。


この「連鎖」というところがポイントで
人の意見に引っ張られて、連想がはたらいて
新しいアイディアが生まれる状態。
お互いに言いたいこと言い合うのじゃなしに
話がつながって、触発しあってるんです。


こういう状態になると
場が沸騰し始めるように思います。


皆さん、ほどよく無責任になって
ノリで発言する、みたいな。

>あ、それを言うなら●●もありですよね。
>それなら、●×って言った方がよくないですか?
>そうだね、反対に、こんなのもあるよ。
>いや、▽■までやったら面白いよ、絶対。

こういうノリです。
場がグツグツと煮立つようなものです。

悪乗りの意見も、結構出ました。
楽しかったなぁ~。


脳みそが
ブスブス刺激されるのを感じました。



1回戦、2回戦での
仕込みがあったから、沸点を迎えられたのかな
と思ったりもします。


そう言えば
2回戦の時、ある先生が


>そう急がずに
>もう少しカオスを楽しんでもいいじゃないですか


なんて仰ってましたっけ。
カオスの先を見越してのご意見だったんでしょうね。




ファシリテーター
冨永良史


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 出来事・日記 コメント(2)
シキリテーター
ファシリテーター


なんてカタカナで役割名もらっちゃうと
頑張りたくなるわけです。
ついつい。


自分が
この会議を有意義なものにしてやるぅぅ。


という感じで。


でも
そういう感覚にはフタをしておいた方が
うまくいきますね。
なんとなくですけど。


要は

会議に対して頑張ると

リキミ

が出ちゃうんですね。
そうすると


自分が考えた落着点に
みんなを誘導したり

時間が迫ると
結論を急いだり

勝手に論点を設定してしまったり


いろいろと
みんなを振り回してしまう。
仕切ってしまう。


ファシリテーターならぬ
シキリテーター。


こうやってグイグイ引っ張るのが
うまくいくときもあるんですけど。
確かに。


でも、やっぱり
そうしちゃうと、場の自律性が生まれないというか


メンバーが当事者じゃなくなってしまって
ファシリテーターとか発言の多い人に
頼りにかかってしまう。


それだと
結論がシャキット出ても
その実行段階で問題が起きたりするんです。

議論を自分のこととして見てなかったから
実行のモチベーションが低くなる。



だから
ファシリテーター
頑張らない方がいいんだと思ってます。


ゆる~く構えて
みんながどっちの方に行きたいのか
じっと見てる。


かる~く背中を押してみる。
手を引っ張ってみる。
違う方向を見せてみる。



そうやって
参加者が自分で
何かを選び
何かを決めていく
ようにしてあげる。


ファシリテーターを産婆さんにたとえたりしますけど


シキリテーターは
生まれかかっている赤ちゃんの頭を
引っ張り出すようなものかなと、思ったり。


やっぱり
赤ちゃんは、お母さんの力で生まれた方が
いいじゃないですか。

その方が、お母さん幸せですよ、きっと。


そのために産婆さんは
声かけたり
姿勢を変えさせてみたり
さすったりするんでしょうね。


頑張らず
頑張ること
目指してます。



ファシリテーター
冨永良史


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ヒマの生産力。

学校の先生が
忙しいらしいです。


今日の福井新聞では


>福井県の教員の
>平均1日残業時間は2時間強
>会議などで教員が多忙化
>子どもとの時間確保を


だそうです。


人と向き合う仕事
しかも子どもと向きあう仕事では

向き合う側の
ゆとり、安らぎ、自信、思いやり
が必要。


こういうことに比べれば
大学で学べる知識がどれくらいあるかなんて
瑣末なことでしょう。


いまどきの先生は
とっても追い込まれています。

親から突き上げられ
国の方針は次々に変わり
過剰なマネジメントを強いられ

多分
無気力になっちゃう人も
いるんじゃないでしょうか。


子どもの教育どころじゃない。
それよりも

仕事をこなす

ことを考えないと。
そんな状況が目に浮かびます。



先生に限らず
社会全体が同じような状況ではないでしょうか。


目標管理
能力評価
市場変化
情報洪水



追いまくられて
スケジュールも脳みそも
すき間がありません。


そんなストレスいっぱいの状況から
生まれてくるものの質が
すぐれているはずがないでしょう。


その象徴が子ども
でしょう。


子どもは
この社会のもっともダイレクトな
製品でしょうから。



ヒマに目を向けないと。


ぼぉ~とする
ぶらぶらする
適当にする
いい加減を許す
ぐちゃぐちゃにしてみる
効率を落とす


そんな状況の持つ生産性を
評価するべきときではないでしょうか。


>ひとはたくさんの無駄話をして
>そして
>ほんの少しだけ素晴らしいアイディアを生み出す



こんな話をどこかで読んだことがあります。


本当に素晴らしいものは
ぎちぎちに管理された中、追い詰められた中からは
生まれないでしょう。

例えば
なんの目的もないぶらぶら散歩してるときに
「そうか!」
とアイディアが「降って来る」わけです。


ヒマが世の中から失われていることが
いろいろな社会問題の背景にあるように
思えてなりません。


ヒマは悪くない。
ヒマは素晴らしい生産性を持っている。
ヒマに社会的地位を!



スキあらばサボろうと考えている
サボリテーター冨永は願うわけです。



ファシリテーター
冨永良史


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 発創って何だ? コメント(0)
福井県が全国最多!

今日の日本経済新聞
北陸経済面に


福井県が全国最多


と大きく掲載されてました。


ほ~珍しい
われらが福井県が全国最多なんて
何事も「いちばん」は良いことだ


なんて思って記事を読んだら


>人口当たり建設業者数が全国最多
>公共工事への依存度が高いことが浮き彫りに


でした。


あぁ、がっくり。


そりゃ、公共工事は必要ですよ。
道路もダムも学校も図書館も
なかったら困りますから。


でも
供給サイドの都合で
公共工事が行なわれているような気がするのは
気のせいでしょうかねぇ。
偏見なんでしょうか。


本当にこんなもの必要なのか?
と思うような

だ~れも通らない道路とか
驚異的に立派な●●センターとか

ありますけど。



さて、ブツブツはこれくらいにして
少し生産的な話を。


作るだけじゃダメだ
使うことを考えてこそ
その産業は栄えていく


というお話です。



建設もひとつの「モノづくり」だと思うんです。
本来的なモノ作りとは少々ずれるかもしれませんが。
ともかく、ハコモノとかを作ってる。


それはそれは素晴らしい技術です。本当に。
すばらしい出来栄えの
建物、道路、トンネル
福井県内にいっぱいありますから。


建設だけでなく
福井県にはモノづくりは、いっぱいあります。


越前和紙
越前打刃物
漆器
陶器

すこし現代的になると

繊維
眼鏡



これからはモノ作り立国だ
なんて言われて

福井にはこんなに
モノ作りがあるのに

福井の知名度
超低め。


なんででしょう?

要は乱暴に言えば
作りっぱなし、作り側の都合ばかり
なんだと思うんです。


建設も伝統工芸も製造業にも
言えること。


それは


作ることには長けていても
使うことには無頓着、というかアピール下手。


伝統の技
高度な施工技術、加工技術


それがあるのはわかってます。
でも、そこから生み出されたモノを


いかに生活の中で活かしていくか


という提案が作る側からは
十分になされない。


ぴっかぴかのレンズが作れます。
すごい切れ味の包丁が作れます。
最新鋭の設備を取り入れた図書館です。



それ、どうやって使うんですか?
どうやったら、楽しく使えますか?


作った側が熟知していてしかるべき
内容ですよね。

いかに使うか、ということは。



このところを
福井県は強くしていかないといけないんだろうと
思います。


こんな話も県内でよく聞きます。


>福井の人は
>見えないものにはお金を払わない
>だから文化的、知的産業が育たない



モノに目を向けすぎています。
モノは使われてこそ。


どんな生活を目指し
そのためにどんなモノを作るのか


そういう発創の順番であるべきでしょう。
作ってから、どう使うか?
は、なしです。それは逆。


あるべき、ありたい暮らし、生活を
まず考える。

それは
「モノ」に対して「コト」
だと言われます。


モノ作りの前に
コト作り。


コトの中でモノは生きるのですから。


ファシリテーター
冨永良史


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