発創アリ。

2006 12
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基準をつくる。

■■発創する会議術42.■■

■基準をつくる。



自信を持って何かを決断しようと思ったら
決断の対象についての基準をつくる。


これは普通の考え方だし
だれでもこういうことはするでしょう。



車を買おうと思っている人は
自分が考えている用途に応じて


デザインは
何人乗りか
排気量は
四輪駆動か
価格は


などなどについて
こだわりがあって
それぞれを基準化します。


でも会議のように
集団で決断しようとするとき
この「基準づくり」が十分に行なわれないことが多いです。


いきなり

どの案がいい?

という議論に入ってしまう。

これだと
お互いの立場、価値観が露骨にぶつかりあって
なかなか合意することができませんし
感情的になることもありがちです。


だから

どれがいいかを
議論する前に

どんな基準で
決めればいいかを議論する。



これが決断をスムーズに
かつクリアに行なうポイントでしょう。


基準について合意していれば
感情的対立は避けられます。


もし基準をつくっても
うまく合意できないときは


>じゃ、もう一度
>この基準でいいかを考えてみましょう



ひとつ前のステップに戻ればいいだけです。



スムーズな合意形成のステップは


①案を出し合う。
②選択基準を決める。
③基準に沿って決断する。
④決断できなければ、②に戻る。


というものです。


個人の思考プロセスでは
極当たり前のことが

集団思考においては
当たり前になってないことが多い。



これは
会議をするにあたって
常に気をつけていなければいけないポイントだと思います。



集団の思考力はいったん爆発すれば
個人のそれを遥かにしのぎますが

ちょっとしたポイントを外せば
簡単に「個人以下」になってしまうようです。



ファシリテーター
冨永良史


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 発創する会議術 コメント(0)
それってキレイなのか?
■■発創する組織風土16.■■

■それってキレイなのか?



組織の価値観の中に


それってキレイなのか?


っていう項目を入れるといいと思います。



何を決めるにしても

「美」

を判断基準に含めるべし。
って。



予算でも、事業計画でも、人事異動でも
なんでもです。



だいたい、普通の場合、判断基準は

論理整合性、費用対効果、わかりやすさ

などです。
これはこれで必要ですけど


なんか足りない
ひきつけられるものがない、ワクワクしない。
モチベーションにつながらない。



その目標、その計画、その人事を見て


あっ、キレイ
う、美しい


と思えるかどうかを大事にしてみてはどうでしょう。


とっても感覚的なことなので
うまく伝えられませんけど。



でも、ともかく考えてみる。



論理的な事業計画


ではなく


キレイな事業計画

と言ってみる。
そうすると
ちょっと考え方、変わると思いません?


論理的なのは
言ってしまえばだれでも思いつくんです。
そういうトレーニングを小学校からやってるんですから。

でも
キレイなのは難しい。
そんなこと要求されること少ないし。
芸術家じゃないんだから。


キレイな
「美」のある組織、経営って何か
真剣に考えてみるってのはどうでしょう。



会議でも安易に結論出さずに


>その結論、なんか嫌だ
>だって、それ論理的だけど、キレイじゃないよね


なんていう意見を尊重してみるとか。



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冨永良史


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 発創する組織風土 コメント(0)
あ~爽快!


どよ~んとした天気の中
小雨の隙をついて走ってきました。


2キロ×2(レスト3分)
8分1秒-7分23秒



あ~爽快。
さっぱりしました。


って
あ、これはブログ違いでした。

スプリンター冨永のブログは
こちらへ

400mが好きだぁ~




ともかく爽快だったんです。
あまりに気持ち良くって
ブログ間違えました。


今まで何回か書いてきましたし
これからも何回でも書きますけど


運動して
身体と対話するってことは
メチャクチャ大事だと思うんです。


何の仕事してる人でも
学生でも。


今の世の中
何と言うか
養老孟司さんもどこかで言ってますけど

「脳みそ」ばっかで
気持ち悪いんです。

しかも
左の脳みそばっか。


論理的、合理的、効率的
知識、正確さ、規格


あぁ、ダメだ。
そんなん、嫌だ。


左の脳みそなかったら
今の世の中、なかったでしょうね。
それは認めますけどね。


あまりにも偏りすぎ。
右の脳みそと身体の居場所をなくしちゃってるから
こんなギスギスした世の中になってるんじゃないですか。


感覚的、非合理、抽象的
美的、ゆるみ、遊び


こういう次元で考えたいです。
暮らしたいです。



それには
運動がすごく、「いい」んです。


運動は右の脳みそ使わないとできません。
身体、使わないとできません。
もちろん、左の脳みそも使いますけど。


要は、全部、使うんです。


運動の方法は
左の脳で理解できます。

でもそれを身体で表現するとなると
右の脳でビジュアルにイメージ化しないといけないし

それができたとしても
身体がその通り動くとは限らない。



運動すると

知ってる通りにはできない

ということが簡単にわかる。
実感できる。


この謙虚さが
論理、合理が暴走する社会に必要なんです。

と運動フェチの
スプリンター冨永は力説するわけです。



どわ~っと走って

ぜ~は~ぜ~は~って酸欠フラフラになったら
小難しいコト考える余裕ありません。

理屈言う前に
「俺、ちっさいな、しょぼいな」
という感覚が先に立つわけです。

しかも
左の脳みそで感じる
「論理的」劣等感とはちと違うんです。
身体全体で感じる「ちっぽけさ」
ここが大事。
理屈じゃない。


こういう感覚
世の中を動かしてる「偉い人、すごい人」みんなが
もってくれたら、世の中、変わると思うんだけどなぁ。



運動フェチ冨永のつぶやきでした。



ファシリテーター
冨永良史


まずは、指の運動から。
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 出来事・日記 コメント(0)
ウロウロする。

■■発創する会議術41.■■

■ウロウロする。



あんまり積極的にお勧めできる話ではないのですが…。


議論を迷走させるのが
いっつも「悪」だとは限らないと思うんです。

わざとウロウロしてみるのも
アリかなぁと。


あるプロジェクトの
「目的・ゴールイメージ」
の話をしているときに

唐突に
「手段・方法の是非」
について話しだす人がいます。


だいたい目的なんていう抽象的なことより
手段のように具体的なことに意識が向きやすいですから
こういうのはよくある話です。



これは、論点がズレてるわけですから
ファシリテーターとしては


>なるほど、そういう視点もありますね。
>それは、まず目的について決着をつけてから
>議論しましょう。



なんて、やんわり受け止めつつ
ズレを修正するわけです。

でも、やっぱり目的というのは
抽象的で話づらい、意見が出にくい。



こういう時には
わざと論点のワクを取っ払って
議論をウロウロ迷走させてみる。


目的について話すのもよし
手段について話すのもよし
過去の経験について話すのもよし


み~んなに好きなように話してもらう。
なんにも修正しない。
ひたすら受け止める。

言われたことを
できるだけ生々しくボードに書いていく。

ここでちょっとだけポイントが。

書くときには
さりげな~く、分類しながら書く。

目的っぽい話、手段ぽい話、判断基準になりそうな話
などなど、それぞれ固めて書いていく。

で、それなりの数の意見が出たら
いったい今まで、何を話していたのかを
みんなで振り返ってみる。


>このあたりは、目的っぽいですね
>こっちは、手段の話かな


とか。
そこまでやってから


>じゃ、目的について
>もうちょっと突っ込んで考えてみましょう


という具合に焦点を絞っていきます。
この方法のいいところは


まず
好きなようにしゃべれるので
考えが自在に広がりやすいこと。

それから
ここがポイントなんですけど
目的、手段っていったい具体的にはどんなことなんだろう
という事例が
自分たちの意見の分類として示されていること。

だから

>あぁ、こういう意見が「目的」なんだな。
>じゃ、こういうことも目的として言ってみよう。

と、考えを進めやすいんです。



逆に、この方法のデメリットというか悪い点は


やるのが難しいこと


です。
自在に出てくる意見を

同時進行でさりげな~く分類するというのは

けっこう難しいです。

わざと迷走させてるのに
そのうち、本気で迷走してしまいますから。
これは、収拾つきません。
自爆ですね。



気楽なミーティングの時にでも
試してみてください。



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冨永良史


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沸騰しない人。
■■発創する会議術40.■■

■沸騰しない人。


前々回「場の沸点」で
渡辺さんからご質問いただいたので
コメント欄でもちょこっと考えましたけど


もういっかい整理を。



議論が盛り上がって、場が沸騰してるのに
な~んにもしゃべらずに沸騰しない人って
いったいどうなってるんだ?


という問題です。


こういう「おいてかれてる人」には色々ありますが
大きく分けると

①実は、その場に必要ない人
②なぜ、その場にいるのかわかってない人
③何を話しているのかわかってない人

がありそうです。


①がいちばん深刻で、かわいそうで
かつ、すぐに解決できる問題です。


会議っていうと
いつものメンバーでいつもの日時に
なんて、ワクが決まってしまってるケースが多いですけど

それをやっちゃうと
不幸にも、まったく関係ない議論に付き合わされる人が
出てくるわけです。

何を話すかによって、だれが話すべきかは
変わって当然なわけですから
会議を開く前には、だれを集めるべきかを
きちんと考えるべきでしょう。



②なぜその場にいるのかわかってない人

部門を代表者としてとか
プロジェクトの責任者としてとか
そういう肩書きの次元でなら
たいがいの人は理解してるのですが

どういう知識・経験を背景として
どういう発想、発言、行動を期待されて
ここに呼ばれているのか

という「動詞」レベルで理解している人
となると、ぐっと減ります。

ここは会議主催者が
会議前でも開始直後でも
ひとりひとりに

何を期待しているのか

を伝えてあげると
おいていかれずに
連れていってあげることが
できるはずです。



③何を話しているのかわかってない人

このケースのやっかいなところは
議論に参加して沸騰しちゃってる人にとっては

何を話しているのか

なんてことは、当然の前提であって
それがわからない人間がいるなんて思いもよらない
というところなんです。

何を話しているのかわからない
なんてあり得ないから、話に乗ってこないと

イライラする、腹が立つ、サボっているように見える。
だから責め目線で見る。
そうすると、その人は余計に会議が嫌になる。

という悪循環に陥りがちです。

でも、お互いの知識、経験、問題意識が違うわけですから
人によっては論点が理解できないということは
当然、起こりえるわけです。

それが当然ある、ということを前提に
議論に入るときは、みんなで

何を、なぜ問題にしているのか
解決策のイメージは例えばどんなものか
考慮しないといけない条件は何か

くらいのことは、しっかり共有しておくとよいと思います
こうすると焦点がハッキリして
みんな議論に参加しやすくなりますから。


というわけで
以上3ケースについては
それなりに回避する方法がありそうなんです。


でも
他にも「沸騰しない人」の理由は
ありそうですね。
人それぞれ、いろいろですから。


渡辺さんのおかげで
色々考えるきっかけができました。
ありがとうございます。


こうやって
ご意見、ご質問、いただいて
それをきっかけに考えるって
楽しいですね。

そうだ
募集します。

ご意見、ご質問、こんなコト考えたい。
とか、募集します。


いつも
「発創アリ。」
を読んで下さっている皆様
たまたまたどり着いた皆様

こんな場合はどうするんだ?
こういうことしたら失敗したぞ
これやったら成功したぞ
こりゃいったいどうなってるんだ?

などなど
お寄せくださいませ。



公開できないものについては
メールしてください。
個別に議論しましょう。


ということで
思いつきで、募集告知でした。



ファシリテーター
冨永良史

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 発創する会議術 コメント(0)
学問に負けるな。

前回のエントリーで
答え丸暗記の効用について書きました。
まず「型」を身につけることが必要だと。


で、もう一方で


「型」に閉じ込められないこと


も大事だと思うわけです。
型に使われてはいけない。
型は、それを使って現実に働きかけるためにあるんだから。


型なし、もダメだけど
型とらわれ、もダメでしょう。

スキあらば、型破り
と考えているのがいちばんいい感じ。

びみょ~なバランスですけどねぇ。


一生懸命に学問をした結果
学問を通してしか世界を見れなくなってしまう状態。
そんなのないですかね?


世界に学問を取り込んで
適用してこそ価値が出てくるはずなんですけど

逆に、学問に世界を取り込んで
そこで世界を切り刻んでしまう。


難しい言葉ばっかり使う人とか

何かっていうと

>●●学的には、こういう場合・・・

とか

>理論的には・・・のはずなです。

とか

>いや、それはロジックが違うんじゃないの


なんて言う人とか、怪しいなぁ。
学問に負けてるんじゃないかと。


どんなにすごい概念でも伝わらない限り無意味だし
●●学のために生きてるわけじゃないし
理論的にどうだろうと、現実はグチャグチャ柔らかいものだし
ロジック第一にしたら、友達いなくなるし


というわけで
学問は道具です。

使ってナンボ。

学問するために世界があるわけじゃないですから。


実戦だけもダメだけど
学問だけでもダメと
ど~ということない結論ですね。


ともかく
皆さん、走りませんか。
身体、動かすと
いろいろ偏りなくなりますよ。
スカッとするし。



スプリンター&ファシリテーター
冨永良史


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 発創って何だ? コメント(0)
答え丸暗記。
■■発創する勉強術5.■■

■答え丸暗記。



答えを見ずに
自力でちゃんと考える。


ということが
「ちゃんとした勉強法」
だと思われています。


答えを簡単に見てたら
考える力が育たないとか
言われますから。



でも
ファシリテーター冨永は
この考えには大いに疑問があります。


思考力をつけることは大事。
でも

最初から
答えを見て、丸暗記しても
思考力はちゃんと育つんです。


むしろ、その方が有効なはずです。


答えは他人の思考プロセスそのものです。
しかも、一流の思考力を持った人の一流の思考プロセスです。

答えを丸暗記するということは
一流の思考プロセスを追体験するということなんです。
そんな体験をすれば、思考力が身に付かないはずがありません。

もっとも効果的な学習は体験なんですから。


素振りがしっかりできるようになってから
ボールを打ち
ちゃんとミートできるようになってから試合にでる。


スポーツでは当たり前のことです。
思考にも練習、訓練は「みっちりと」必要なはずです。




なのに
学校を始め、社会全体的に
いきなり自力で考えることを推奨している。

素振りをあんまりさせない。

これじゃ、時間がかかりすぎるし
洗練されないプロセスが身についてしまう。
だから、その修正にも時間がかかる。


自力で考えるのは
一流の思考プロセスを身につけてからでいい。
それは武道で言えば、いわば「型」を身につけること。


型を身につけてから
次に、それを新たな問題に適用することを考え
さらに、型を自分なりのオリジナルに発展させることを考える。


自力で考えることにこだわり過ぎると
型が身につかないと思うんです。


学生でも社会人でも
勉強法の常識を疑った方がいいです。


ちゃんとした
まじめな勉強法


がいいとは限らない。



>個性にあわせて
>のびのびと考えさせる。


よく聞くフレーズですが
僕は、この言葉の中に「まやかし」
を感じます。



ファシリテーター
冨永良史


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 発創する勉強術 コメント(0)
煮詰まったときには。


ファシリテーター冨永の
信じることは


脳と身体の融合


です。


一応
知識ワーカーと言われる仕事してますけど
だからって、脳みそだけ鍛えていればいいわけじゃない。

知識ワーカーだからこそ
身体を研ぎ澄まさねば。

身体と謙虚に向き合う中からこそ
現実的な発創が生まれると
信じてます。


だから
ファシリテーター
スプリンターやってます。


で、本題に。



考えて、考えて
煮詰まってしまうこと
よくあります。


苦悩する人は
自分の考え方、性格、生い立ちが
悪いのではないかと
さらに煮詰まります。


でも
脳と身体の融合を信じる僕は



煮詰まったら身体性に目を向ける


と決めています。
いいアイディアが出てこないのは
考え方が悪いんじゃなくて
ましてや性格や生い立ちのせいでもなく


身体のあり方が悪いんだ


と考えるわけです。
ですから、煮詰まったときにチェックポイントは


身体が温かく、かつ、緩んでいるか
臍下に意識が持っていけているか
空腹でないか


の3点です。
このいずれかに問題があれば
発創はできないんです。


ストレスがたまってるとか
気になることがあって集中できないとか
話題が気に入らないとか


そういう原因もありますけど
それを考えても何も解決しない。

煮詰まったら身体に目を向ける。



解決は早いですよ。
ホントに。


それと
スポーツ選手でなくても
身体は鍛えておいた方がいいと思います。
身体との対話から見えてくるものって
かなり多いですから。



ファシリテーター
冨永良史


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グサッと来ても
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 発創って何だ? コメント(0)
りんご手伝い業の木村さん。

NHKの「プロフェッショナル」という番組が
けっこうお気に入りで
よく見るんです。


昨日の話はよかったなぁ。
深~く染み渡りました。


青森で
草ぼうぼうの畑で
肥料も農薬も使わずに
りんごを栽培している


木村秋則さん

のお話。


この方はリンゴ生産者だけど


リンゴを
育てない


何するかっていうと
育ちやすいように環境を整えるお手伝い
をするんだそうです。
だから職業は


リンゴ手伝い業。


使う薬は天然の酢だけ
それを蒔くのに機械は使わない。
重たい機械で地面が踏み固められてしまうから。

草は年に2回しかからない。
それは、リンゴの木に季節を教えてあげるため。

毎朝、リンゴの木に話しかける。
まるで家族のように。



農薬、肥料を使うのが当たり前の中で
木村さんのやり方は


常識はずれ
常識を超えている


そうです。


台風が来ても
木村さんのリンゴは落ちない。
生命力に溢れている。


自然のままの状態を再現することで
リンゴの力が引き出されるんだそうです。


でも、その状態になるまで
8年間、リンゴがまったく採れなかったとか。




リンゴの話なんですけど
これを見ていて

会議のこと
会社組織のこと
そして
社会のことに
考えが広がっていきました。


人間の生きる力を引き出す
会議に、会社に、社会に
なっているだろうかと。


社会にはいろいろな意味での
農薬、肥料が溢れているように
思えます。


人間の力を閉じ込めている。
それどころか、おかしな方向に向かわせている。
そんな気がしました。


でも、その力を引き出そうとしたら
木村さんのように
8年間の不作を覚悟しないといけないのかもしれません。


それでも
おかしな状態のまま
ずぶずぶと社会全体が沈んでいくよりは
ずっと良いのではないでしょうか。


木村さんは
栽培技術だけじゃダメなんです。
心が、愛がないと。
と言われました。



ヒントと言うより
心構えをいただいたような
気がします。


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冨永良史


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木村さんのリンゴ食べたことあるよ。
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しゃべり言葉で。
■■発創する会議術39.■■

■しゃべり言葉で。



議論の内容を
同時進行でホワイトボードに書いていくことは
とても効果的。


書いてあることを見ながら議論するので
話がかみ合います。
すれ違いが防げます。
みんなの意識が集中します。


ですから
そこに何が、どのように書いてあるか
はとても重要なわけです。


書き方ひとつで議論が変わる。
すごい影響力。


で、ここでちょこっとだけ工夫してみる。



しゃべり言葉で
書いてみる。



次年度目標について議論していて


>100億はいかんとアカンのや
>これは絶対、やりたい!


という発言があったら


●売上げ100億


と書くのではなく


●売上げ100億、やるゾ!


と書いてみる。
さらに


>そんな、一気に倍増なんて
>人材、足りませんよ~


と発言があったら


●売上げ100億、やるゾ!

ひとが足りませんよ~



と書いてみる。

こうすると
発言の内容はもちろん


発言した時の
場の空気


が残るんです。
これが大事。


人は
言葉の意味に反応しますけれど
場の空気にはもっと過敏に反応します。


だから
空気がボードに記録されていると
議論の連鎖、活性化を起こしやすいんです。


それに
そういう「しゃべり言葉で溢れたボード」は
見てて楽しいですよ。


四面四角の四字熟語が並んだボード見てても
小難しい発言しか出てこない。

楽しいボードからは
楽しい発言が誘発されるんです。


書くほうも楽しめますし。
ノリで書けるんです。



すぐできますし
どうぞ、お試しを。


会議、面白くなりますよ。



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冨永良史


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場の沸点。

その点を越えると
議論が急に活性化するような
そういう


場の沸点


みたいなものあるんでしょうか。
昨日、それが見えたような気がして。


地元、福井の仁愛大学にて
金田教授が主催する


戦略的コミュニケーション研究会
第3回


金田先生的に言うと「第3回戦」
「~回戦」というところが、素敵です。


さて
「で、このチームで何する?」
という議論をブレスト形式でやってみたわけです。


最初はポツ、ポツっという感じだったんですけど
ある人の、ある発言が起爆装置みたいになって
意見が連鎖し始めました。


この「連鎖」というところがポイントで
人の意見に引っ張られて、連想がはたらいて
新しいアイディアが生まれる状態。
お互いに言いたいこと言い合うのじゃなしに
話がつながって、触発しあってるんです。


こういう状態になると
場が沸騰し始めるように思います。


皆さん、ほどよく無責任になって
ノリで発言する、みたいな。

>あ、それを言うなら●●もありですよね。
>それなら、●×って言った方がよくないですか?
>そうだね、反対に、こんなのもあるよ。
>いや、▽■までやったら面白いよ、絶対。

こういうノリです。
場がグツグツと煮立つようなものです。

悪乗りの意見も、結構出ました。
楽しかったなぁ~。


脳みそが
ブスブス刺激されるのを感じました。



1回戦、2回戦での
仕込みがあったから、沸点を迎えられたのかな
と思ったりもします。


そう言えば
2回戦の時、ある先生が


>そう急がずに
>もう少しカオスを楽しんでもいいじゃないですか


なんて仰ってましたっけ。
カオスの先を見越してのご意見だったんでしょうね。




ファシリテーター
冨永良史


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そんな目で場を見たことなかったなぁ。
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 出来事・日記 コメント(2)
シキリテーター
ファシリテーター


なんてカタカナで役割名もらっちゃうと
頑張りたくなるわけです。
ついつい。


自分が
この会議を有意義なものにしてやるぅぅ。


という感じで。


でも
そういう感覚にはフタをしておいた方が
うまくいきますね。
なんとなくですけど。


要は

会議に対して頑張ると

リキミ

が出ちゃうんですね。
そうすると


自分が考えた落着点に
みんなを誘導したり

時間が迫ると
結論を急いだり

勝手に論点を設定してしまったり


いろいろと
みんなを振り回してしまう。
仕切ってしまう。


ファシリテーターならぬ
シキリテーター。


こうやってグイグイ引っ張るのが
うまくいくときもあるんですけど。
確かに。


でも、やっぱり
そうしちゃうと、場の自律性が生まれないというか


メンバーが当事者じゃなくなってしまって
ファシリテーターとか発言の多い人に
頼りにかかってしまう。


それだと
結論がシャキット出ても
その実行段階で問題が起きたりするんです。

議論を自分のこととして見てなかったから
実行のモチベーションが低くなる。



だから
ファシリテーター
頑張らない方がいいんだと思ってます。


ゆる~く構えて
みんながどっちの方に行きたいのか
じっと見てる。


かる~く背中を押してみる。
手を引っ張ってみる。
違う方向を見せてみる。



そうやって
参加者が自分で
何かを選び
何かを決めていく
ようにしてあげる。


ファシリテーターを産婆さんにたとえたりしますけど


シキリテーターは
生まれかかっている赤ちゃんの頭を
引っ張り出すようなものかなと、思ったり。


やっぱり
赤ちゃんは、お母さんの力で生まれた方が
いいじゃないですか。

その方が、お母さん幸せですよ、きっと。


そのために産婆さんは
声かけたり
姿勢を変えさせてみたり
さすったりするんでしょうね。


頑張らず
頑張ること
目指してます。



ファシリテーター
冨永良史


肩の力、抜けたかも。
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今日は、なぜかご機嫌。
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ヒマの生産力。

学校の先生が
忙しいらしいです。


今日の福井新聞では


>福井県の教員の
>平均1日残業時間は2時間強
>会議などで教員が多忙化
>子どもとの時間確保を


だそうです。


人と向き合う仕事
しかも子どもと向きあう仕事では

向き合う側の
ゆとり、安らぎ、自信、思いやり
が必要。


こういうことに比べれば
大学で学べる知識がどれくらいあるかなんて
瑣末なことでしょう。


いまどきの先生は
とっても追い込まれています。

親から突き上げられ
国の方針は次々に変わり
過剰なマネジメントを強いられ

多分
無気力になっちゃう人も
いるんじゃないでしょうか。


子どもの教育どころじゃない。
それよりも

仕事をこなす

ことを考えないと。
そんな状況が目に浮かびます。



先生に限らず
社会全体が同じような状況ではないでしょうか。


目標管理
能力評価
市場変化
情報洪水



追いまくられて
スケジュールも脳みそも
すき間がありません。


そんなストレスいっぱいの状況から
生まれてくるものの質が
すぐれているはずがないでしょう。


その象徴が子ども
でしょう。


子どもは
この社会のもっともダイレクトな
製品でしょうから。



ヒマに目を向けないと。


ぼぉ~とする
ぶらぶらする
適当にする
いい加減を許す
ぐちゃぐちゃにしてみる
効率を落とす


そんな状況の持つ生産性を
評価するべきときではないでしょうか。


>ひとはたくさんの無駄話をして
>そして
>ほんの少しだけ素晴らしいアイディアを生み出す



こんな話をどこかで読んだことがあります。


本当に素晴らしいものは
ぎちぎちに管理された中、追い詰められた中からは
生まれないでしょう。

例えば
なんの目的もないぶらぶら散歩してるときに
「そうか!」
とアイディアが「降って来る」わけです。


ヒマが世の中から失われていることが
いろいろな社会問題の背景にあるように
思えてなりません。


ヒマは悪くない。
ヒマは素晴らしい生産性を持っている。
ヒマに社会的地位を!



スキあらばサボろうと考えている
サボリテーター冨永は願うわけです。



ファシリテーター
冨永良史


ともかくコーヒーブレイクでもしよ。
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久しぶりに有休とろうかな。
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 発創って何だ? コメント(0)
福井県が全国最多!

今日の日本経済新聞
北陸経済面に


福井県が全国最多


と大きく掲載されてました。


ほ~珍しい
われらが福井県が全国最多なんて
何事も「いちばん」は良いことだ


なんて思って記事を読んだら


>人口当たり建設業者数が全国最多
>公共工事への依存度が高いことが浮き彫りに


でした。


あぁ、がっくり。


そりゃ、公共工事は必要ですよ。
道路もダムも学校も図書館も
なかったら困りますから。


でも
供給サイドの都合で
公共工事が行なわれているような気がするのは
気のせいでしょうかねぇ。
偏見なんでしょうか。


本当にこんなもの必要なのか?
と思うような

だ~れも通らない道路とか
驚異的に立派な●●センターとか

ありますけど。



さて、ブツブツはこれくらいにして
少し生産的な話を。


作るだけじゃダメだ
使うことを考えてこそ
その産業は栄えていく


というお話です。



建設もひとつの「モノづくり」だと思うんです。
本来的なモノ作りとは少々ずれるかもしれませんが。
ともかく、ハコモノとかを作ってる。


それはそれは素晴らしい技術です。本当に。
すばらしい出来栄えの
建物、道路、トンネル
福井県内にいっぱいありますから。


建設だけでなく
福井県にはモノづくりは、いっぱいあります。


越前和紙
越前打刃物
漆器
陶器

すこし現代的になると

繊維
眼鏡



これからはモノ作り立国だ
なんて言われて

福井にはこんなに
モノ作りがあるのに

福井の知名度
超低め。


なんででしょう?

要は乱暴に言えば
作りっぱなし、作り側の都合ばかり
なんだと思うんです。


建設も伝統工芸も製造業にも
言えること。


それは


作ることには長けていても
使うことには無頓着、というかアピール下手。


伝統の技
高度な施工技術、加工技術


それがあるのはわかってます。
でも、そこから生み出されたモノを


いかに生活の中で活かしていくか


という提案が作る側からは
十分になされない。


ぴっかぴかのレンズが作れます。
すごい切れ味の包丁が作れます。
最新鋭の設備を取り入れた図書館です。



それ、どうやって使うんですか?
どうやったら、楽しく使えますか?


作った側が熟知していてしかるべき
内容ですよね。

いかに使うか、ということは。



このところを
福井県は強くしていかないといけないんだろうと
思います。


こんな話も県内でよく聞きます。


>福井の人は
>見えないものにはお金を払わない
>だから文化的、知的産業が育たない



モノに目を向けすぎています。
モノは使われてこそ。


どんな生活を目指し
そのためにどんなモノを作るのか


そういう発創の順番であるべきでしょう。
作ってから、どう使うか?
は、なしです。それは逆。


あるべき、ありたい暮らし、生活を
まず考える。

それは
「モノ」に対して「コト」
だと言われます。


モノ作りの前に
コト作り。


コトの中でモノは生きるのですから。


ファシリテーター
冨永良史


これはヒントだ。
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新しいコトを思いついた。
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 ふるさと福井 コメント(0)
言葉のパズル。

おさない頃
遠足のバスの中で初めてやって
大笑いしたレクレーション・ゲーム。


みんなが小さな紙を持ちます。
そこに

だれが?
いつ?
どこで?
だれと?
何をする?

に対する答えを
ひとつの紙にひとずつ書きます。


だれが?の紙、いつ?の紙・・・を
それぞれひとまとめにして袋に入れます。


それをくじ引きみたいに
ひとつの袋から一枚ずつ引いていって
できた文章を読むわけです。

それだけ。


でも
みんなで腹を抱えて大笑いした記憶が
あります。


珍妙な文章が出来上がるんです。
次から次へと。


中田くんが
昨日
交番で
アヒルと
腕立て伏せした


とか。
こんなわけのわからない文章が
唐突にできて、すごく面白かった。

たまには

木下君が明日、教室で雪子さんとキスをする。

なんて、ちゃんとした文章ができて
当事者が真っ赤になっちゃったり。


さて
いったい何が言いたいのか
といいますと。


普通、だれでも
文脈、文法、言葉の意味
に従って文章を作ります。

ということは
思考を進めます。


言葉の意味から連想される
次の言葉というのは
けっこう限定されていて

交番でアヒルと結婚する

なんて文章は連想されないわけです。


これは
新しいコトを考えるのに
実は大きな障害になっているのではないか?


と考えるわけです。


アヒル

ときたら

ガァガァ



交番

ときたら

おまわりさん


この決まりきったパターンを
崩したところから
突拍子もない何かが生まれるのではないか?
と考えるわけです。


それをゲームにしたのが
冒頭のお話ですが。


これは
そのまま発創法に使えないか。


だれが、いつ、どこで、だれと、何をする


これを、全部バラバラにして
適当につなぎ合わせてみる。


アイディア、文章のピースをばらして
違う図柄ができないか、色々試してみる。


言葉のパズル。
パズルだけど
正解は決まってない。


何かできないかな
ってみんなでいじくりまわす。


そういうゆとり
欲しいですね。


ファシリテーター
冨永良史

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今日からやってみよ。
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 発創って何だ? コメント(6)
知識社会というか…

今は、そしてこれからはもっと

知識社会、知識経済
である。

という言われ方をします。

時代の、社会の、経済のエンジンが
土地でもなく、設備でもなく、お金でもなく
知識そのものになってきている。

という意味です。


この
「知識」社会
という表現が
いまひとつしっくりきません。

知識というのが

知っていること
暗記していること
表面的知識
使えない知識

という連想を働かせるからです。


これからの社会、経済を動かす
知識とは


組み合わせる
デザインする
つなぐ
編集する


こういうイメージだと思うんです。


今すでにあるものを

今までになかった
組み合わせで捉えなおしてみる

カタチを変えてみる
プロセスを変えてみる

寄せ集めて
関係付けてみる

まったく違う文脈に当てはめてみる



こういう力が
社会を動かしはじめていると感じます。


グーグル
ブログ
SNS
ソーシャルブックマーク
関心空間


これらは
脳みその外部化というか

上に挙げたような
つなぎ方、集め方、デザインを
変えることから生まれた
時代のエンジンです。



知識社会とは

何かを知っていることが
パワーを持つ社会ではない。


組み合わせる力
今あるものの使い方を変える力


そういうところに
つぎのパワーが宿っていると思います。



そして
ファシリテーションは



そこにいる人
そこにあるアイディア


新しく
組み合わせなおして

ひとつの力に
変えるものだと思っています。



知識社会というよりは


組み合わせ社会


すこしカッコよく言えば


デザイン社会


漢字を使うなら


編集社会


そう、捉えています。



ファシリテーター
冨永良史


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 発創って何だ? コメント(4)
空間に意味を与える。
■■発創する組織風土15.■■

■空間に意味を与える。


今、自分がいる空間が
例えば会議室だとして


それを

単に「会議室」と呼ぶか
ひとひねり加えて

「アイディアが爆発する会議室」

と呼ぶかでは


そこにいる時に
生まれる意識、行動には
かなり影響があるはずです。


空間の名前として
単に名詞を与えるだけでなく
形容詞も動詞も与えて

そこではどんな意識、行動が
求められるのかを具体化し
共通の認識にするわけです。


これは
いろいろ応用できます。

例えば


顧客が殺到する営業部
食欲と会話がにじみ出る社員食堂





あまりにも適当なネーミングですが…


逆に考えると


公式の名称は「会議室」であっても
みんなの認識の中では


退屈で
タバコの煙モクモクで
長時間座っていないといけない
会議室


で一致していたりすることもあるわけです。
その会議室には
マイナスの意味が充満している。


そこで、意図的に
プラスの意味を与えることで
そこにいるときの意識、行動を変えてしまう。
そんなことができるのではないでしょうか?



アイディアが爆発する会議室


って名前つけたら

壁はホワイトボードでいっぱいにしたり
持ち運びが簡単にできる椅子、机にしたり
ポストイット、模造紙を常備したり
発創を刺激する玩具をおいてみたり
「ノーネクタイで入室のこと」って張り紙してみたり

そういう工夫したくなるじゃないですか。

まさか
高級調度品で飾り立てたり
退屈な会議を延々と続けて何の疑問も感じない
なんてことはないでしょう。


名前が具体化すると
その通り行動したくなるものだと
思うのです。



単なる「会議室」では
そこがどんなにつまらない空間であろうと
何か工夫してやろうという意識が生まれにくい。

どんな空間にしたいのかを
具体的に、名詞と形容詞と動詞で意味づけしてあげる。


空間にどんな意味を与えるかは
組織風土を作るのにとても重要な要素ではないでしょうか?


「社長と本音を語り合う社長室」
とか作りませんか?



ファシリテーター
冨永良史


そういえば
周りにはつまらない空間が多いなぁ。
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 発創する組織風土 コメント(0)
ネクタイして居眠りするな。
■■発創する会議術38.■■

■ネクタイして居眠りするな。



クールビズ導入期の頃
国会の権威ある場で「ノーネクタイ」はいかながものか?
という議論がありました。


この話を聞いたとき
唖然、愕然、呆然、もうお手上げ
でした。


国会の権威ある場では

居眠りOK
口汚いヤジOK
時に、暴動OK

なのに、ノーネクタイはダメなんだと。


この国の最高決定機関における会議力は
この程度です。

小学校の学級会より
レベル低いんじゃないかと
思ってます。



会議でいちばん大事なのは
それがどんな会議であれ


キチッとした服装をすること
ではありません。

厳かな議場で議論すること
でもありません。



何より


参加者誰もが
柔軟で広い視野に立って考えること
お互いの意見を傾聴しあうこと
差異に目を向けてそれを乗り越えようと
アイディアを振り絞ること


などなどです。


ネクタイの是非などが
議論の的になること自体、大笑いです。



だいたい
皮膚に圧力がかかっている場所に
人の意識は向きがちです。

ネクタイを締めると
意識は首のあたりに向きます。

でも
ものを落ち着いて考えるときには
身体の力を抜いて
臍下丹田に意識を集中することが必要です。

だから
ものを考えるのにネクタイは邪魔なんです。
カチッとしたスーツも邪魔なんです。


もし、創造的な解決を生み出す会議をする気があるのなら


ノーネクタイは「義務」です。
ついでに臍下丹田に集中できるよう
「腹帯」も義務にしてはどうでしょうか。

半分冗談で、半分本気です。



以前

立派な会議はダメ

という記事を書きましたが
今の会議はほとんど

形式にばかり目がいっていて
本質的に何が大事なのかが
ほとんど考えられていない。


ネクタイ不要
スーツ不要
綺麗なレジュメ不要
形式的な礼儀不要
肩書き、邪魔



身体と脳を
伸び伸びさせることが
何より大事なんです。



ファシリテーター
冨永良史


そんな乱暴な…でも、いいかも。
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よし、ウチはノーネクタイでいってみよ。
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とっくにノーネクタイだよ。
という方
さすがです。
 発創する会議術 コメント(0)
代替充足じゃ、ダメだ。


■■発創する組織風土14.■■

■代替充足じゃ、ダメだ。



ちょっと前に
働き間違い」って記事を書きました。


長時間労働しても
世の中ちっともよくならず
みんなヨレヨレになるだけなら
結局、働く目的が間違ってるんだ。

という趣旨で。


その続き。


大人のいじめも増えているみたいです。
先日の毎日新聞に載ってました。


追い立てられるばかりの職場で
みんな疲れて、ギスギスして
いじめが増えてるんだとか。


もはや
いじめる側とかいじめられる側とか
そいういうとこ見てても問題の根っこは見えない
ように思います。


キーワードは

代替充足

でどうでしょう。


みんななにやっても充足できないから
そのかわりに、その場しのぎに充足できる対象を探しているんだと。
だから、本当に、本心から充足できる対象に
取り組めるようにしないといけないんだと。


そう思います。
いじめ」は代替充足であって
誰もやりたくてやってるわけじゃないんだろうと思います。

みんな仲良く信頼し合うのが
いちばん良いに決まってるし
できれば、そうしたい。

でも、あまりに追い込まれてしまって
目先の弱い対象を攻撃するしか
自分を充足する方法がない。


そんな状態ではないでしょうか。
しかも、世の中全体にそんな傾向がありそうです。



代替充足じゃ、何にも解決しない。
代替充足じゃ、ダメなんです。


みんな
わけのわからないものに追い立てられて
本意じゃない対象に取り組んでしまっている。
心からそうしたい、と思えるものじゃない何かに
取り組んでしまっている。

だから
充足できない。

そんな状況が延々と続くと
代替充足を求める以外に選択肢がなくなってしまう。


代替充足はいじめ以外にも

とにかく食う
とにかく飲む
ほしくなったら即、買う

などがあります。
環境破壊に直結コースです。


代替充足は
世の中にも、ひとりひとりにも
何の解決ももたらしません。
組織も破壊します。



世の中の仕事のひとつひとつを


その仕事は
代替充足を必要とするものか?


という観点でチェックしてはどうかと思います。
もし必要とするものなら
その仕事はどこかがおかしいのでしょう。


目的が
手法が
評価方法が
間違っている。



代替充足
わかりやすく言えば
うさばらし。


そんなもの
やらないで済むなら
それに越したことはないじゃないですか。


>そんなこと、わかりきてるけど
>そうは行かないのが社会じゃないか


みたいな「大人びたあきらめ」は
そろそろ放棄した方が
自分のため、世の中のため
だと思うんですが。


ファシリテーター
冨永良史


その話、乗った!
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わかってるよ、そんなこと。
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 発創する組織風土 コメント(0)
問いかけるレジュメ。
■■発創する会議術37.■■

■問いかけるレジュメ。



会議ではレジュメが配られます。
議題が書いてある紙です。
アジェンダと言ったりもするでしょうか。


この書き方にもひと工夫を。



普通は
議題が淡々と列挙されています。


1.次年度事業計画
 (1)目的
 (2)部門別計画
 (3)進捗確認体制


とかです(いい加減な例ですけど…)。



これは、これで
今から何を話すかしっかりわかるし
いいんですけど。


なんだか、響いてこない。
脳みそに働きかけるものがない。


理由。

名詞が並んでいる。
動詞がない。
質問されていない。



要するに。


>じゃ、次は「目的について」です。


と言われるよりも


>じゃ、次は「目的は何にするか?」です。


とか、もっと刺激的なのは


>じゃ、次は「来年は何を目指して仕事するのか?」です。


とか、ですね。
名詞を動詞に変えて
さらに、疑問文にしている
ところがポイント。


人は、問われれば答えたくなります。
勝手に脳みそが動き出します。

名詞を「ポン」と投げられても
脳みそ、働かないんです。


だから、レジュメも
もっと会話するみたいに
問いかける感じで書いてみてはどうでしょう。
例えば


1.来年の事業はどうしましょう?
 (1)まず、何のために事業をするのか?
 (2)次に、それぞれの部門は何をするか?
 (3)最後に、できたかできなかったかの確認はどうするか?



これはちょっと長ったらしいですけど
極端に言うとこういう感じで。

レジュメに問いかけさせて
見た瞬間、脳みそを働かせるんです。



同じ議題でも
脳みその働き方
変わってくると思います。


すぐできる
脳みそ&会議活性化法でした。


ファシリテーター
冨永良史



よし、すぐやろ。
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自分が考えたことにして、上司に提案してみよ。
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僕、小学生です。
■■発創する会議術36.■■

■僕、小学生です。


意見の対立は
意見の中身そのものが違うとか
立場や視点や目的が違うとか


そういうことから
起きるんですが


実際は
そんな高級な理由からじゃなくて


お互いの言っていることが
理解できていない


という、ま、言ってみれば
しょうもない理由で起きていることが
多かったりします。


わかったようでわからない
カタカナ言葉とか、漢字が混じり始めたら
要注意。


要するにどういう意味なのか
確かめましょう。


そのときのポイントは


小学生にもわかるように
話してもらう


です。



>あの~、よくわからないんで
>僕が小学生だと思ってお話してもらえますか?


という具合に。


大人のビジネスの話が小学生にわかるか!


と言われそうですが
それは、その人の理解がその程度だということ。



どんな話であれ
枝葉を取って、本当に大事な部分にまで遡れば


単純明快な「お話」


にできます。


CRM(カスタマーリレーションシップマネジメント)


なんて
絶対に覚え切れない単語だって
(僕は正確に思い出せたことがありません)
その趣旨は、要するに


お店がお客さんひとり一人と
ずっと仲良くするためには
ど~したらいいんだろ。
と、考えること。


とか、言えるわけです。
こういうときには瑣末な定義はどうでもいいんです。


その言葉のイメージが
パッとつかめるかどうかがポイント。
そういう言いかえができないなら
理解しないままつかっているということです。


会議は
大事な話であればあるほど
専門用語を避けて

小学生にもわかるような会話を
心がけましょう。



難解の言葉の応酬が始まったら


小学生になってください。
または、お子さんを会議室に連れてくるっていうのは
どうでしょう?


ファシリテーター
冨永良史


思い当たるフシがある方は
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今度、小学生になってやろ。
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練習させろ。
■■発創する教育術9.■■

■練習させろ。


ファシリテーター冨永は
陸上競技の400mを走る
スプリンター冨永でもあるわけですが


いわゆる会社仕事と
陸上でもなんでもスポーツを比べて


そりゃ、おかしくないかい?


と思うことがあります。


「練習」について
です。


スポーツは
練習:実戦=99:1


なのに


仕事は
練習:実戦=1:99


になってませんか?
ほとんどの企業人の方は
いわゆる「仕事」しかしてませんよね。
研修とかOJT(と称した「放置」)も多少ありますけど
ほとんどが「実戦」です。


で、常に結果を出せと。


そりゃぁ、おかしくないですか。
そういうと


>練習なんかしてる暇はないんだ。
>日々戦いだ。
>現実は、甘くないんだ。


なんて、実戦派の方はおっしゃいます。
でも、それこそ甘くないですか?

練習なしに常に結果が出るなんて
傲慢にすぎるように思えますが。



スポーツでも芸術でも
一心不乱に基礎的な練習を繰り返した上に
信じられないような高度なパフォーマンスが達成されます。

なのに会社仕事では
練習なしに、常に結果を出せと…
そんなバカな。



赤ちゃんにモーツアルトをピアノで弾け
というのと同じようなことが
あちこちで、普通に行なわれてます。


人間て適応力ありますから
それなりにはできるようになりますけど

もうちょっと
普通に考えたらどうでしょう。
あまりにも逸脱しすぎた考えです。
しかもそれが「普通」として通用しているなんて。



それに、です。

日々実戦で磨いてきたものというのは
結構もろい。

表面的な最適解ばかりを求めてしまう傾向があるからです。
その場の結果を出すことにはどんどん長けていくのだけれど
本質的な次元での理解は浅くなってしまう。

自分がやっていることと冷静に向き合い
内省的に進歩させるような機会がどうしても不足しますから。


思いっきり話を飛躍させると
この「表面的な最適解」の繰り返し、ツギハギが
今の矛盾だらけの社会につながってるんじゃないかとさえ思います。


他方、スポーツの世界では面白い動きが
だんだんと大きくなってきています。

一流アスリートが
精神性や身体性にどんどん深く入り込んでいます。


ひと昔前は
外国のすごい選手の練習方法、動き方のコピー
をするばかりだったのに

今は
自分の内面、それから日本人としての身体特徴を
見つめて、そこから運動方法を模索しています。


その結果の一例が、陸上で言えば
末続選手や為末選手、室伏選手の
世界選手権でのメダル獲得です。


彼らの動き、練習方法は
従来の外国模倣から完全に脱した
日本オリジナルのものだと思います。


彼らのブログを読んでいても
地に足のついた言葉の重さが伝わってきます。



どんなに身体能力に恵まれても
試合に出続けるだけでは、彼らのような境地に
たどり着くことはないでしょう。


練習して
自分の精神と身体と向き合う。
そこから発創する。


そういうことが
これからの「仕事」でどうしても必要だと感じています。



ファシリテーター
冨永良史


そうかもしれない。
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おかげ様でかなり上位にいっちゃってるみたいです。

もひとつ、オマケだ。
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