発創アリ。

2006 09
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ISO的なもの。
当研究室の代表は以前、ISOコンサルタントを
生業としておりました。

その時以来、感じ続け、当研究室設立の動機にもなったこと
について書いてみます。

どうしょうもなく自律性、創造性を失っているように見える企業
そして、それを加速させるかのようなISOの影響についてです。

ISOとは国際標準化機構という組織の略号です。
ネジやフィルムの感度や非常口のマークなどなど
世界共通にしておいた方が良いと判断されるものの
標準化=規格化をしています。

その規格の中に
環境のISO14001とか品質のISO9001とか
マネジメントシステムの国際規格があります。

今はだいぶ落ち着きましたが
数年前まではISO狂想曲とでも言いたくなるくらい
中小企業までが競ってISO認証を取得していました。

理由のひとつは
取引先の大企業に要求(脅迫?)されるから
もうひとつは
行政に推奨(脅迫?)されるから
です。

ISO認証を持っていないと取引しないよ
みたいに言われるわけです。

ISO認証の本当の狙いは
しっかりしたマネジメントを行っていることを審査
安心できる企業であると認めよう、安心できる企業を増やそう。
といったものでした。
行政の狙いもこれに一致しています。

ところが、実際に起こっていたことは…

簡単にISO認証を取るには?的なコンサルであったり
手に取るようにわかるISO規格?的な解説本であったり
何より最悪なのは
審査の時だけしっかりとしたマネジメントの振りをして
ちゃっかり認証取得し、あとは元の木阿弥の企業…

こんなことばかりがISO市場では起こっていました。

企業をマネジメントするとは
どこかにテキストがあって、そのとおりにすればできることではありません。
コンサルタントや解説本に従って、マニュアルをあれこれ作ってみても成果が出るものではありません。

子供の教育と同じで、目の前の社員をしっかりと見つめて
その一人一人に対して、経営者としての信念を持って語りかけていってこそのマネジメントです。

なのに、企業は「国際的に通用する」ISOマネジメントに飛びついた。
まるでそれが「答え」であるかのように。
結果として、日本全国に、そっくりのマネジメントマニュアルがあふれかえっています。
使えないマニュアル、使えないマネジメントが。

マネジメントに原則はあっても、その適用は自分の頭と心と体を使って考え抜くもの。ISOが示したのは原則の「さわり」程度です。

行政はISOを使って
まるで金太郎飴のように、規格品の「すぐれた企業」が量産できる
とでも思ったのでしょう。

でも、出来上がったのは、今まで以上に「よそのお手本」に依存する自立心と創造力のない企業群です。

ISOのコンサルをしているとよく尋ねられました。
「このISOの条文について、何をすれば審査に通りますか?」

…唖然、呆然、愕然の毎日でした。

ISOに書いてあったら、審査員が求めたら、何でもしそうな気がして。
ISOに書いてなかったら、審査員が求めなかったら、何もしなさそうな気がして…

常に、こう答えました。
「その前に、あなたの会社では何を実現したいのですか?」
「何をすることに充実感を感じますか?」


ISOが企業と行政の他人任せなメンタリティーを浮き彫りにしただけで
それ自体には罪がないのかもしれません。

あらゆる人は、組織は、自分の外に、楽に手に入る「答え・お手本」を求める弱さがあります。どんなに強い人にでもあるでしょう。

でも、それに飛びついてはいけない。
自分たちの中にある、自分たちが生み出しうる
自分たちだけの「何か」を捜し求めることをこそ
まず始めにすべきだと思います。

まず自分を、自分の脳みそと身体を信じてみる。
そして仲間を信じてみる。
正解を外に求めない。

そんな姿勢こそが必要なのではないでしょうか。
これからの時代は創造性こそがすべての源でしょうから。

ISO的なものを外に求めるのはやめにしましょう。




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