発創アリ。

2017 04
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誰を休ませるか。


内定取り消し、採用削減
そして新入社員の自宅待機。


これから社会で活躍しようとした矢先に
出ばなをくじかれる若者が数多くいます。
すごろくで言えば、スタートしたらいきなり「1回休み」みたいなものです。


企業は、人件費という「コスト」を増やさず
これまで培った現場をオペレーションする「スキル」を維持するために
このような選択をするのでしょう。


この恐慌の時代に、この選択は
生き残りへの選択肢として、ごく自然な決断なのかもしれません。


ところで、企業社会では近頃「ピンチはチャンス」という言葉が
繰り返し繰り返し呪文のように唱えられています。


僕は、現場に広がる人の削減=「1回休み」が
とても大きなチャンスに化ける可能性を孕んでいるように見えます。

といっても、今のように
「若者を組織に迎え入れない」という方向には
活力減退のリスクの方が高いと感じます。


僕が可能性を感じるのは
「中堅以上を休ませる」という方向です。


どっちにしても、現場に人があまるのなら
若者を迎え入れないという選択ではなく

中堅以上をいったん休ませて
カチカチに固まってしまった思考スタイルを溶解させる時間を与え

現場の「重し」のようになっていたであろう彼らが不在の間に
先入観の少ない若者の目線で仕事を生まれ変わらせていく

もちろん、「1回休み」の中堅以上には
今後の生活への安心感を与えておくことは必須です。



こうすることで
企業の現場は、短期的にはカオスを経験しますが
その後、大きな活力、イノベーションを生じることができるのではないか
と考えています。


現場に人が余るとき、誰を休ませ、誰を活躍させるのか?


主力を休ませ
新戦力を投入する


ピンチをチャンスに変える
ひとつの選択肢であると思います。


そのとき
人件費は投資に変わり
現場を維持するスキルではなく
イノベーションするスキルが育まれるでしょうから。

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組織が生まれ変わる原理。


その組織の誰もが
日々の営みの中で様々なことに気づいています。

うまくいく方法、失敗する方法
無駄なこと、貴重なこと
楽しいこと、ストレスのたまること


もし、ありとあらゆる気づきを
オープンにし共有し、そこから次の一歩を探し出すことができたら。

それは、自分たちが気づき生み出した一歩として
深い納得感を持って踏み出すことができるはずです。



組織が生まれ変わるために必要なこととは


組織変革についての専門的知識ではなく
あらゆる気づきをオープンすることから始める
次の一歩の探索であるはずです。


外部の専門家による分析から得られる
組織を変える処方や、業務を改善する処方は

実は、内部の誰かが、ほんのわずかであっても
気づいていることの方が多いのです。


必要なことは、専門家の処方ではなく
実は、自分たちの組織についての気づきを
オープンに対話する場であることは

気づいている人や目を向ける人が
少ないように思います。


そこに目を向けさせ
問いを投げかけ、場を生み出すこと。


それが専門家たる者の
一番大きな仕事であり
答えを処方してしまうのは
専門家としての「逃げ」であると、僕は考えています。

その道は、「根治」から遠ざかる道だからです。
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タスキがつなぐもの。



今年最初のワークショップを
昨日、ある温泉地でさせていただきました。


ある企業の新年会を兼ねた
社員ミーティングの席でした。


「最強のチームになろう」という冒頭の社長訓示を聴きながら
ふっと、正月に熱狂した箱根駅伝へと思いが巡りました。



苦しくてヨレヨレになっても
タスキを握りしめて、次へつなごうとする。


ゴール間際に
タスキに手をあてて、チームでのゴールをアピールする。



タスキに手をかけることは
ランニングフォームを考える上では
非効率で、むしろ減速を招きかねなくても。


彼らのタスキに込めた思い
何が何でもタスキをつなぎたいという思い。


それは、ランニングフォームの効率を超えて
彼らの身体を前へ前へ動かし続けるのだと感じました。



チームとして
何が何でもつなぎたいと思える
タスキを創れるか。



これからの時代にあって
大きな位置を占める課題でしょう。



僕の役割は
時を共にさせていただく皆様の中に
タスキを生み出すお手伝いをすることです。




昨日のお客様は
昨年来の急激な経済状況悪化の中にあって
順調な成長を続けていらっしゃいます。


ひとりひとりが
タスキを確かに持っていることを感じた
とても心地よい充実したワークショップでした。


ありがとうございました。
 発創する組織風土 コメント(0)
非合理的に意志決定する。




温泉に泊まり込んで
女子大生の皆さんと
チームの意志決定について
考える週末を過ごしていました。


保育士志望の短大生が対象の
宿泊研修です。テーマは「共生」。


大学の先生方とのコラボレーション企画で
昨年から参加させていただいてます。


僕の担当は去年と同じで
チームビルディングとコンセンサスです。

去年は、どちらかというと
ちゃんと意見を比較して、論理的に判断する
合理的意志決定に取り組みました。


今年は、「自在に」発想して、「勢いで」決める。
という方向にシフトしてみました。


自分のポスターを作ったり
それをコラージュしてチームのポスターを作ったり
CMを作ったり。


正解がない、優劣が主観に委ねられる課題を通じて
「なんでもあり」の意志決定に取り組みました。

去年が合理的意志決定なら
今年は「非合理的意志決定」です。


ついつい「マジメに考えすぎて」煮詰まってしまう時には

「みんなで自由に、楽しんで考えることが大事。
 できる、できないは、重要ではないから。まず、やってみよう。」

と、合理性の枠から自由になれるように
後押ししました。


メンバーが違うので単純比較はできませんが
昨年よりも今回の方が
「伸びやかさ、イキイキ度合い」が上昇したように
感じられました。



多分、僕達は、合理的意志決定ばかりを求められると
思考力、発想力、創造力が、「凝固」してしまうのではないか。
そんなことを感じていました。


凝固とは・・・
本来、柔らかくて、自在に変化できる能力があるのに
小さく、特定の形に、固まってしまうことです。


ビジネス社会では特に
合理的意志決定が重要で
それを、いかに速く正確にできるかが
重要な武器になります。


が、しかし。
合理的意志決定を磨くために
そればかりを繰り返す毎日からは
さほど強力な意志決定能力は生れず

おそらく、逆に。
非合理的意志決定の
「より道」を交えた日常を送っている方が
「勢い」と「柔軟性」と「正確さ」をあわせもった
強力な武器を手に入れられるのではないか。
そう、思います。


カチカチの構造は
実は脆く

遊びのある、ゆるい構造は
実は堅牢です。



そんなことを考えた
女子大生達との週末でした。


それにしても
先週は忙しすぎました。

東京出張を含めて
ワークショップ、打合せの連打、連打。。。

脳みそがカチカチになってしまったので
今日は、ご褒美に、映画、いってきます。
レッドクリフ、楽しみです。



ファシリテーター
冨永良史
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アインシュタインと語る。




つい最近、仕事場に
新しい仲間を迎えました。


ちょっと年をとってますが
愛嬌があるんです。

いっつも、「べぇ~」って
舌を出して、人をくった表情で
僕を迎えてくれます。



その名を
アルバート・アインシュタインといいます。



37歳の誕生日に
妻が、何を思ったか
アインシュタインのでっかいポスターを
プレゼントしてくれまして
それを部屋に貼り出したんです。



今まで、クリーム色の壁面だったところに
いつも、「べぇ~」のアインシュタインがいます。


その顔を、ぼ~っと眺めてると
なんだか、脳みそがフワフワ、軽やかになってきます。


人の顔を見るっていうだけで
たとえそれがポスターであっても
僕達の脳みそは、色んな働き方をするんですね。


僕は、アインシュタインと
お話してるような気分になります。


グチャグチャに混乱した思考が
ふんわり解きほぐされるような気分になります。
(気分だけですが。。)



人の顔を見る、人と話す、ということは
僕達の思考を、大きく揺さぶることのようです。


もし、しかめっ面ばかりの場所で
ケンカ腰のやりとりばかりの毎日だったら。。


もし、おだやかさと真摯さを滲ませた表情に囲まれて
ヒラメキのキャッチボールができる毎日だったら。。



毎日、誰と、どのように話すかは
時間の豊かさ、創造性に、あまりに大きく影響しています。
成果に対する影響力は
個人の能力と同等、ひょっとしたら、それ以上かもしれません。



ファシリテーター
冨永良史
 発創する組織風土 コメント(0)
教祖さまの予言は外れない。




絶対的な崇拝を受ける教祖さまが発した予言は
外れることがありません。


それは、信者によって「実現される」からです。


もし、それが「○月○日に大地震が起きる」という
自らの影響力の及ばない予言であったら。。。



現実の認識方法を変えることによって
予言は成就に準じた解釈をされます。
例えば


「我々の信仰が大地震を回避させた」
といった具合に。



以上は、認知心理学者レオン・フェスティンガーの
認知的不協和理論の「さわり」です。
乱暴なたとえですが、エッセンスはこんな感じ。。。



自分の信念や思い込みと現実との不一致を
認知的不協和と呼び
それが生じた時、僕達は
現実をゆがめてでも、自分の信念を
「実現したかのように」思い込もうとするわけです。




さて、このような認知的不協和の回避は
なにも熱狂的な信仰心のもとでだけ起きるわけではなく
僕達の日常で、いつも起きています。


むしろ、認知的不協和の回避によって
僕達の現実は成り立っているといっても良いくらいです。


自分の思いに不都合のあるような情報は
なんらかの歪みをもって認知されます。

あるときは過剰反応をもたらし
あるときは過小評価をもたらし
あるときは無視をもたらします。


同様に、自分に都合の良い情報は
過大評価され、それだけを選択的に認知したりします。



この認知的不協和の回避行動によって
誤った認識、行動が導かれることは
容易に想像できます。


これを防ぐために重要な役割を果たすのが
「身近で批判する他者」の存在だと思われます。


遠くの他者がいくら批判しても
無視したり、過小評価することで
認知的不協和を回避できますが


スグ目の前で、自分の意見に異を唱えられれば
回避するのは困難です。
意見の差異に注目せざるを得なくなります。


ある集団が健全性を保てるかどうかは
この「身近で批判する他者」にどう向きあうか?
で決まってくるはずです。


批判者と向き合い
意見の差異を創造の源と捉えられれば
その集団は健全さと創造性を保つでしょう。


批判者を排除し
意見の差異を恐怖と破壊の源と捉えれば
その集団は外世界に対して閉じてしまい
思い込みに満ちた急進的(または過剰に保守的)になるでしょう。



僕達は
常に思いこみに満ちており
しかも、その思い込みに合わせて現実をゆがめます。

集団行動をとるとき
その傾向は加速します。



身近な批判者を
異分子ではなく、創造の源と捉えること
外世界に対して閉じないことが
組織に教祖さまを誕生させないポイントでしょう。


ファシリテーター
冨永良史
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郷を問う。




「なじむ」ということの価値を
どう捉えれば良いのだろうか?


と、ここ数日、なぜか考えてます。


会社に、地域に馴染む。。。


そうすると
色んなことが円滑に進みます。
温かい人間関係に包まれます。
周りの人が、なぜそういう行動をするのか
最初はわからなかったことが、理解できるようになります。



郷に入れば郷に従え。


組織、地域には
明文化はされていなくても
特有のきめごとがあって

それには、きっと意味、価値があるから
新しく仲間入りしたときには
周りの人たちに見習いなさい。



そんな意味でしょう。
「なじむ」ことを推奨しているとも受け取れます。



しかし一方で
最近は、外部環境の変化が激しく速く

郷の意義、価値が脆弱になっているようにも見えます。


郷のきめごとが
環境変化についていけてないのに
きめごとだけが形式的に存続している状態です。



このときに
郷に入れば郷に従え
をやっていたのでは

その郷は、ますます取り残されていくでしょう。
必要なことは

郷(の価値)を問い直すことです。



しかしながら
価値を問い直される郷と
問い直す新参者の間には衝突、軋轢が起きやすいのも
また事実です。


問い直しとは
どうしても、その背後に、「否定」のニュアンスを含むからです。



否定は、人にとって、恐怖の源泉です。
否定されることを避けて、攻撃します。



郷が郷として価値を持ち続けるために必要なことは


郷の人間は
「郷に入れば郷に従え」とは言わず
自らが否定される恐怖を乗り越えて
「郷に入れば郷を問え」と新参者に促すこと。


新参者は
郷の価値を発掘する目線と
郷を問い直す目線を持つことなのでしょう。



郷に入れば郷に従え。


そして


郷に入れば郷を問え。



いずれの背後にも
相手への尊重・敬意があってこそ
成り立つ言葉のようです。




ファシリテーター
冨永良史
 発創する組織風土 コメント(0)
「許し」が創造を生む。



新しい何かを創造するとき。
例えば、こんなことがきっかけになるでしょう。



大切だと思っていなかったことを凝視する。
必要だと思っていたことを切り捨てる。
無関係だと思っていたことを組み合わせる。



創造性豊かな人は
こんな視点を日常的に持っているのかもしれません。


そういう特殊な能力をもった人っているよなぁと思う一方で
これを誰でもできる方法だってあると思うんです。


上の3つのポイントを可能にしているのは
普段しないことを自分に「許すこと」です。


なんで、凡人に創造性が宿らないかというと
自分の思考を「許していない」からです。


経験と知識の枠の中で
自分に許す思考と許さない思考を
無意識のうちに弁別しているからです。
だから、創造の可能性が狭く限定されます。


創造性豊かな人は
自分で自分の思考を無限に「許せる」のでしょう。

でも、凡人には難しい。。。


そこで必要になるのが「チーム」という「他者の集まり」です。


僕達は、自分で制約してしまっている行動でも
他者から許されると、自信を持って行動できたりします。

ということは
お互いの思考を無限に「許しあう」場を作れば
僕達の創造力は加速的に高まるはずです。


普段は考えないことを
普段の考えから脱皮して考えるには
他者からの「許し」による「制約の排除」が有効なわけです。



これも
ひとりの天才に凡人のチームが勝利する可能性を
説明しうる、ひとつの原理だろうと思っています。


ファシリテーター
冨永良史
 発創する組織風土 コメント(0)
確信の効用。




ケニアという国は
陸上競技の長距離において
圧倒的な強さを誇っています。


世界選手権でもオリンピックでも
3000m障害から5000m、10000m、マラソンまで
上位には必ずケニア勢が並び
かなりの確率で、金メダルが彼らの胸に輝きます。


彼らが、あまりに強いがために
言われることは。。。


人種が違うから。。。
遺伝子が違うから。。。
生活環境が違うから。。。
高地で生活しているから。。。
特別な練習方法があるから。。。


などなど、もはや彼らに追いつくことは不可能だと
言いたくなるような、理由が並んでいます。


そんな強さを誇るケニアの中でも
さらに、強いとされる部族があります。

カレンジンンという部族です。


ケニアの歴代メダリストの大多数が
このカレンジンという部族から輩出されています。


これは偶然か?必然か?

その真相を追ったルポが
「ケニア!彼らはなぜ速いのか?」です。

ケニア! 彼らはなぜ速いのかケニア! 彼らはなぜ速いのか
(2008/08/06)
忠鉢 信一

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速さの源は、遺伝子か生活環境か、それとも。。
ひとつひとつの理由が検証されていきます。

不思議なことに
どの理由も「これこそが速さの源だ」という確証を
得ることができません。


そして最後に残った理由とは。。。



「カレンジンこそが速いのだ」
という彼ら自身の確信、自負心でした。


自分達は速い
という確信を持っているがゆえに

多数の若者が陸上競技に挑戦します。

先達の栄光を見れば見るほど
現状は遅くても、いつかきっと速く「なれる」という
確信が揺らぐことはありません。
途中で放り出すことがありません。

そんな確信を持った若者達が
集団生活をしながら、刺激しあって
速さを極めていきます。

だからこそ、その中の誰かがまた
世界の頂点に立ち

それを見た若者が

俺だってできる。
なぜなら、俺もカレンジンだから。

と長距離を志します。
激しい練習に挑んでいきます。



このように
「俺達は間違いなく速い、速くなれる」
という確信が、彼らの速さの本当の秘密ではないかと
著者は結んでいます。


彼らの確信の効用について
科学的な証明はなされていませんが

遺伝子や生活環境が
決定的な要因でないことは
科学的に証明されています。


「きっと○○になれる」
という確信の効用について

本気で確信してみた方が
明日が楽しくなるような気がします。



ファシリテーター
冨永良史
 発創する組織風土 コメント(0)
生産性から創造性へ。



生産性と創造性。


同じように使われるコトバです。
その意味するところは
対極と言ってもいいくらいに異なります。



これからの組織風土において
このふたつのコトバの意味の違いに敏感であることは
かなり重要になってくると考えています。



生産性とは


与えられた条件、資源の中で
いかに無駄を少なく、効率的に
目標とする成果を生み出すか?


ということ。

今までやってきたことを向上させていく
という考えに立っています。
昨日よりも今日、今日よりも明日が
優れていることを目指そう、という考え方です。


こうやって、僕達は、生産性を無限に高め
今の世の中に至っています。


創造性とは


遠い彼方に
今までにまったくなかった
夢を描けるか?

そこにいたる
誰も歩いたことのない
道のりを描けるか?


ということ。


過去との不連続性が特徴です。
まず、将来の夢ありき。
昨日よりも今日。。ではなく
昨日とはまったく違う明日を。。。です。




生産性と創造性。。。


過去からの連続性に
大きな違いがあります。



これからの組織は
生産性重視から創造性重視へ
大きくカジを切る必要があるでしょう。


そのときに
コトバだけの変化でなく


組織体制、コミュニケーションのとり方、仕事の進め方
それらすべてが、対極であるかのように
変化する必要があるでしょう。



もし
5年前と
組織図、会議の方法、仕事の進め方が
地道な改善しか積み重ねていなかったら。。。

その組織の将来が
少し不安になりませんか?


ファシリテーター
冨永良史



 発創する組織風土 コメント(3)
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