「プロフェッショナル仕事の流儀」
という番組が好きで、よく観てます。
昨夜の放送で印象に残った
茂木健一郎さんのコメント。
>脳の外に出して見せられること(方法、知識)は
>実はたいしたことではなくて
>どうしても取り出して見せることができないこと
>こそがとても大切。
>それは努力に努力を重ねた先にしかつかめないもの。
確か
こんな感じだったと思います。
僕は次のように理解しました。
言葉、文章にできるようなノウハウは
いくら真似ても、成功者と同じ成果は出せない。
成功者が努力の積み重ねの先に
ようやくつかんだ言葉にできないノウハウこそが
成果の源になっている。
こんなことを考えながら
教えるってどういうことだろう。
と思いがめぐりました。
言葉にして
テキストに沿って
ハウツー本、ビジネス書にして
教えられることは
脳みその外に取り出せるもの。
でも
本当に大切なコトは
そこにはない。
教えるって
今さらながら
一緒に汗をかく
体験を共にする
一緒にふりかえる
ってことなんだろうな。
と思わされました。
特に
一緒にじっくりと
プロセスをふりかえり
味わい尽くす
ということが
大切だろうと思います。
体験したことに
どう向き合うか。
体験したことを
どう再解釈するか。
そして
どう次に活かすか。
そこのところが
脳の奥底に蓄積される
取りだせない知の質を決めるような気がしてます。
ファシリテーター
冨永良史
↓脳の奥底から「クリックしようよ」って囁きが聞こえませんか?


- 2007/03/16(金) 20:55:26|
- 発創する教育術
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●○発創する教育術10.○●
○勉強「時間」なのかなぁ。。。
あいかわらず
風邪で脳みそが「ぼわぁぁん」としていて
難しいコト完全拒絶じょうたいの
ファシリテーター冨永が
このまま雪が降らなくていいのか
暖冬福井からお送りします。
さて
ぼわぁぁんとした脳みそでニュース見てたら
教育再生会議
授業時間の1割増を答申
とか言ってましたけど。
直感的に
量の問題じゃないでしょ
と僕の脳みそが言ってます。
どんだけ教科書を読んだって
どんだけ問題演習したって
いま起きてる学力低下
とは根っこがちがうように思えます。
量の問題じゃなくて
学びの質の問題。
教え方の問題。
量とか正答率
ばっかり見てると
本質が見えないです。
きっと。
材料を探し出し
思考を組み上げ
解答に仕立てて
相手に伝える
ってことが
大事なわけで。
これは
思考プロセス
に焦点あてないと
見えないような気がします。
どれだけ問題解くか
じゃなくて
ひとつの問題から
どれだけ学びを掘り起こせるか
ここが大事かと。
明日から
大学入試センター試験なんで
自分の受験生時代のこと思い出したりします。
けっこう
驚異的な高得点を叩きだした
受験プロ冨永でしたが
こなした問題数は
驚異的に少なかったと記憶してます。
1問、1問
なめつくすように
この問題考えたの
どんな顔した奴やろ
性格、大雑把そうやなぁ
なんてイメージが浮かぶくらいに
ひとつの問題にこだわってました。
そういう
思考の発掘作業を
授業でできるかどうかが
これからの「学力」を育てるのに
必要だと
教育再生会議
野次馬委員の冨永は
思ったりします。
熱、ひどいので
寝ます。
おやすみなさい。
ファシリテーター冨永良史
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- 2007/01/19(金) 19:25:29|
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■■発創する
教育術9.■■
■練習させろ。
ファシリテーター冨永は
陸上競技の400mを走る
スプリンター冨永でもあるわけですが
いわゆる会社仕事と
陸上でもなんでもスポーツを比べて
そりゃ、おかしくないかい?
と思うことがあります。
「練習」について
です。
スポーツは
練習:実戦=99:1
なのに
仕事は
練習:実戦=1:99
になってませんか?
ほとんどの企業人の方は
いわゆる「仕事」しかしてませんよね。
研修とかOJT(と称した「放置」)も多少ありますけど
ほとんどが「実戦」です。
で、常に結果を出せと。
そりゃぁ、おかしくないですか。
そういうと
>練習なんかしてる暇はないんだ。
>日々戦いだ。
>現実は、甘くないんだ。
なんて、実戦派の方はおっしゃいます。
でも、それこそ甘くないですか?
練習なしに常に結果が出るなんて
傲慢にすぎるように思えますが。
スポーツでも芸術でも
一心不乱に基礎的な練習を繰り返した上に
信じられないような高度なパフォーマンスが達成されます。
なのに会社仕事では
練習なしに、常に結果を出せと…
そんなバカな。
赤ちゃんにモーツアルトをピアノで弾け
というのと同じようなことが
あちこちで、普通に行なわれてます。
人間て適応力ありますから
それなりにはできるようになりますけど
もうちょっと
普通に考えたらどうでしょう。
あまりにも逸脱しすぎた考えです。
しかもそれが「普通」として通用しているなんて。
それに、です。
日々実戦で磨いてきたものというのは
結構もろい。
表面的な最適解ばかりを求めてしまう傾向があるからです。
その場の結果を出すことにはどんどん長けていくのだけれど
本質的な次元での理解は浅くなってしまう。
自分がやっていることと冷静に向き合い
内省的に進歩させるような機会がどうしても不足しますから。
思いっきり話を飛躍させると
この「表面的な最適解」の繰り返し、ツギハギが
今の矛盾だらけの社会につながってるんじゃないかとさえ思います。
他方、スポーツの世界では面白い動きが
だんだんと大きくなってきています。
一流アスリートが
精神性や身体性にどんどん深く入り込んでいます。
ひと昔前は
外国のすごい選手の練習方法、動き方のコピー
をするばかりだったのに
今は
自分の内面、それから日本人としての身体特徴を
見つめて、そこから運動方法を模索しています。
その結果の一例が、陸上で言えば
末続選手や為末選手、室伏選手の
世界選手権でのメダル獲得です。
彼らの動き、練習方法は
従来の外国模倣から完全に脱した
日本オリジナルのものだと思います。
彼らのブログを読んでいても
地に足のついた言葉の重さが伝わってきます。
どんなに身体能力に恵まれても
試合に出続けるだけでは、彼らのような境地に
たどり着くことはないでしょう。
練習して
自分の精神と身体と向き合う。
そこから発創する。
そういうことが
これからの「仕事」でどうしても必要だと感じています。
ファシリテーター冨永良史
そうかもしれない。
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おかげ様でかなり上位にいっちゃってるみたいです。
もひとつ、オマケだ。
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- 2006/12/01(金) 14:09:06|
- 発創する教育術
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■■発創する教育術6.■■
■事実を解凍する。
先日、
仁愛大学の金田教授からいただいた
コメントを読んでいて
「事実は解凍しないと、消化できない」
と思いつきました。
金田先生によれば
問題となっている世界史履修について
どうせなら合宿でもして「めっちゃ楽しく」勉強すれば
良いのでは?とのこと。
そのアイディアは
大使館職員、学芸員、僧侶などなど
いろいろな立場の人から基調パネルをやってもらって
その後、生徒には「世界史における自分たちの位置」
について調査、まとめ、発表をしてもらう。
様々な切り口が考えられるだろう。
というものでした。
ここで言われていることを
僕なりに再解釈して
事実を解凍する
というフレーズが生まれました。
世界史の教科書に書いてある歴史上の事実は
大切なことだけれど
そのままでは、実社会との接点が見えず
機会的な暗記に頼ってしまいます。
そんな勉強では、世界に対する視野が開けることはないでしょう。
大切なんだけれど、取り込めない。
その大切さは、そとから伺い知れない。
いわば、凍った事実なんです。
イキイキとした価値ある事実として取り込むには
自分が生きている実社会の中に
改めて、位置づけてあげないといけない。
これが「事実の解凍」です。
今、世界で起きていること、目の前にあるモノと
歴史の事実をつなげることによって
凍った事実は、イキイキとした事実として
脳に取り込まれ
世界に対する新しい目線を
獲得できるのだと思います。
学校にがぎらず
企業内での
社員教育にも
共通して言えることではないでしょうか?
その教育は
事実を解凍しているでしょうか?
ファシリテーター
冨永良史テーマ:企業経営 - ジャンル:ビジネス
- 2006/10/30(月) 19:58:50|
- 発創する教育術
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■■発創する教育術5.■■
教え屋さん(
社内講師)の共鳴が組織の知恵を増幅する。
ということを説明してみます。
前回からの続き
これからの
人材育成の新しい方向性
についてです。
■
人材育成の発展形
前回は
1.教える必要に迫られたときに、人は最も学ぶ
2.教えるためには「わかっている」をはるかに超えた理解が必要
3.だからこそ、教えさせることは最高の
人材育成である
ということを述べました。
これを発展させると
これからの
人材育成は
「ある業務ができるようにする(教えてやる)」
にとどまらず
「ある業務に関する
社内講師を養成する」
ことが組織に面白い展開
そしてとても有益な展開をもたらすはずです。
■教え屋(
社内講師)を増やすと?
ある業務ができる人材を増やすのではなく
ある業務を教えられる「教え屋(
社内講師)」を増やすこと
がこれからの
人材育成の方向性です。
ここで言う「教え屋」とは
ある業務のプロというだけでなく
それを「教えるプロ」である必要があります。
その人に習うとすごく身につく、という育成のプロです。
教え屋さんが増えると
そこには知恵の共鳴が起きます。
もともとあった社内のノウハウが
教え屋さんたちの教え方の磨き合いによって
どんどん発展していくのです。
■教えることで見えてくるもの
教えるということは
教える内容を客観的に見つめることですから
例えばある製品の組み立て方を教えるとすると
その組み立てプロセスをいつもより高い目線で見ることで
良い点、悪い点、改善の方向性などが見えてくるのです。
そうすると、教える準備をしながら
その業務の改善策を考えることにつながり
実際に教える場面では
教えながら、相手の反応を見ながら
その改善策が客観的に正しいかどうかを検証する
ということにつながります。
教えられた相手が納得できて
実際にうまくできるようになるなら
その改善策は採用の価値があるということになります。
■教え屋さんが響き合う
もし、その業務についての教え屋さんが
他にもたくさんいるとすると
そこでは、問題点の発見のし合い
より良い教え方の発見のし合い
効果の検証のし合い
といことが起きるはずです。
これを「教え屋さんの共鳴」と呼びます。
教え屋さんを増やせば増やすほど
この共鳴は頻繁に、そして広範囲に起きることになり
組織内のノウハウは常に、脱皮され、創造され、磨かれていきます。
■すべての分野に教え屋さんを
組織内のあらゆる業務について
組み立ても、設計も、営業も、経理も、検査も…
教え屋さんをどんどん養成していく。
そうすることで
組織内の知恵は網の目のように
分野を超えて、既存の人間関係を超えて
響き合い、つながりあい
組織内の知恵はどんどん磨かれていきます。
■組織の知恵が新陳代謝する
知恵が磨かれるということは
組織の知恵の新陳代謝が活発になるということです。
こういう組織風土を持つことは
今の知識社会において、非常に大きな強みになります。
教え屋を増やして、知恵の共鳴を起こす。
それが、組織の知を増幅していくのです。
次回からは
教育術の各論、現場における教育手法について
考えていきます。
written by
発創デザイン研究室テーマ:企業経営 - ジャンル:ビジネス
- 2006/10/17(火) 09:15:57|
- 発創する教育術
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