ファシリテーターは
場の鏡である。
こんな言い方も
できそうです。
議論の場で
何が起こっているのか
を議論の参加者が漏れなく把握するのは
なかなか難しいです。
参加者が知りえるのは
自分に見える範囲、聴こえる範囲。
もし会場全体の出来事
例えばコソコソ話
例えばある人の表情の変化
例えばグチャグチャになった議論
それら全部が
誰もに見えるように、共有されたなら
参加者の考えの進み方は
ずいぶんと変わってくるように思います。
だから
ファシリテーターは
会場で発せられるあらゆる言葉を
明確に復唱して
あるいは言い換えて
あるいは要約して
あるいはボードに記録して
みんなに伝えてあげるだけで
場の空気が変わってくる。
自分は
場の鏡である
だから
あらゆる出来事を
みんなに見えるように映そう
そんな意識でいることは
とても有意義だと感じています。
そんなに難しくないし(笑)
ファシリテーター
冨永良史
↓あわせ鏡のように、クリックが増幅しないかなぁ。。。


- 2007/08/23(木) 20:07:17|
- ファシリテーション?
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昨日
助教授さんから
難問を頂戴いたしまして・・・。
その問いは
ファシリテーターになるための
効果的な修行方法を要約せよ
ということで。
うむむむ・・・
難問というか、拷問というか(笑)
要約ですから
スパッといってみますね。
直観的に、僕の信じていることを。
その答えは・・・
日常にある
すべてのコミュニケーション場面を
積極的に観察し、振り返り、一般化する。
近所の井戸端会議も、ワイドショーも、立派な講演も。
さらに要約すると
コミュニケーションを観る
ということでしょうか。
僕も修行中の身なのですが
こんなふうに考えてます。
観るってなんだ
ってことですが。
どんな人(組織)と
どんな人(組織)の間で
何についてどんなコミュニケーションが
展開されていているのか。
どんなプロセスを経て
どんな結果が生じたのか。
をじっと観る。
できれば図示できるくらいに観る。
もう一歩踏み込んで。
観た記憶をリプレイして
生じた結果以外に
より面白い、創造的な結果が生じ得なかったか
それには、どんなプロセスがあり得るか
仮説を立ててみる。
仮説を立てたら
どこかでやってみる。
で、推移をまたしてもじっと観る。
だいたい
場の転機になる言動をする人がいるので
それを見逃さないように、いつも心がける。
こんな、感じでしょうか。
要約しすぎて、抽象的な気がしますね。
ややこしい合意形成も
退屈で不毛な会議も
人に仕切られることも
仕切られる人を見るのも
全部、学びネタだと思ってます。
意外と、退屈な会議とか人に仕切られることが
楽しみになったりします。(いつもじゃないですけどね)
今日は、何を見つけられるかなぁって。
もちろん
体系的な知識は必要でしょうから
書籍からインプットするというのも修行のひとつですが
コミュニケーションという生ものは
形式知から理解しようとするのは難しいように思います。
体験という暗黙知から入って
書籍という形式知に還元していくのが
やはり効果的なのではないでしょうか。
というわけで
僕がファシリテーター養成セミナーの
プログラムを決めるときは
体験→観察→振り返り→一般化→応用
という学習プロセスを常にベースにしています。
以上
効果的かもしれないけれど
すこしも効率的でない修行方法を
考えてみました。
助教授さんのおかげで
僕が修行してる気分です。
助教授さん
修行の機会をありがとうございました。
いつか仕返しを(笑)
ファシリテーター
冨永良史
↓休み疲れ、出てませんか?
↓無理のない範囲で応援よろしくお願いします。


- 2007/05/07(月) 23:20:40|
- ファシリテーション?
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場を創っていく上で
間(ま)が
とても大切で
それと
どう向きあい
どう使いこなすか。
十分に
間を取って
考える価値のあることだと
思います。
場を言葉で埋めることが
良いことではない。
問題に
すかさず答えを出すことが
良いことではない。
沈黙とじっと向きあう。
問題が解決しない状況とじっと向きあう。
問いを場に投げかけ
相手の脳に染み入るのをじっと待つ。
そういう
間の置き方が
必要で
なかなか
そうはいかない
間に対する恐れが
どこかにあって。
でも
間
が怖くなくなったら
それを使いこなせるようになったら
すごいことができる予感があります。
かなりはっきりと。
いつもより
間をとってみました。
ファシリテーター
冨永良史
↓クリックするのに、間をおく必要はないんですよ(笑)


- 2007/04/28(土) 22:54:38|
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会議やる前
会議中
「あきらめる」瞬間
があるんですよね〜。
いや、今はそうならないように
最大限の努力をしてますけど。
何をあきらめるか?
集団での合意形成です。
こんなにたくさんで
ひとつの結論を出すのは
無理だ。
きちんとしたたたき台を少人数で作っておこう。
とか
こんなに意見が別れたら合意は
無理だ多数決にしよう
リーダーの決断に委ねよう。
とかです。
確かに、「効率良く」合意形成するには
それがいい方法だと思います。
でも
本当にチームの力を引き出したいなら
そこであきらめてしまってはいけないと思うんです。
チームの力を引き出すには
チームの力を信じないと。
とことんまで。
お互いの思いに耳を澄ませ
バラバラに見えるみんなの思いだけど、きっと
ひとつのタペストリーに紡ぎ出せることを
信じぬかないと。
それが
ファシリテーターだけじゃなくて
チームのメンバーみんなが
信じられたとき
すごい納得と
すごい結論が
「やってくる」
のだと思います。
だから
ファシリテーションは
負けない事
投げ出さない事
逃げ出さない事
信じ抜く事
駄目になりそうな時
それが一番大事
(by 大事MANブラザーズバンド)
なんです。
いい歌だなぁ。
ファシリテーター
冨永良史
↓応援クリック減っても負けませんよ〜投げ出しませんよ〜(笑)


- 2007/04/27(金) 22:59:21|
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う〜ん
上手く言えないんですけど。
ファシリテーターやってて
「頼り」にされてしまうと
あんまりイイコトなくて。
みんなが
場の行く末、結論を
ファシリテーター頼み
にしちゃうと
創造性が消えてしまうような。
みんなに
自立しつつ、相互に触発して欲しいのに
ファシリテーターに寄りかかってしまうのは
良くないわけで。
じゃぁ
ファシリテーターは
頼りない人であるべきなのか?
というと
それは
ちょっと情けなくて…。
ファシリテーターがいてくれるから
自由に考えられる。
どんな意見も守ってもらえる。
道を見失ったら、もとに戻してくれる。
そんな
「いてくれて良かった感」
は持たれた方が良くて。
これは
「信頼される」
って言ってもいいかなと。
だから
ファシリテーターは
頼りにされずに
信頼される。
そんな人に
なりたいと
僕は
思っているのです。
「頼り」と「信頼」
意味が近すぎますね。
うまく言えなくて。
ニュアンス、伝わりました?
ファシリテーター
冨永良史
↓皆さんの応援クリックは頼りにしてますので。
↓ひとつ、よろしくお願いいたします。今、何位でしょうか?


- 2007/04/16(月) 19:02:07|
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話し合った結果は大事です。
結果は
例えば
国会なら法律に
県議会なら条例に
役員会なら戦略に
それぞれ
なるわけで
これが組織、集団の将来を左右しますから。
だから当然
そこに出される
提案の内容に
そして
出される結論に
だれもが
最大の関心を抱きます。
でも
でも
でも
結論は
プロセスによって
導かれるわけで
どう話し合うか
にもっともっと目を向けてほしい
と
ファシリテーター冨永は思うわけです。
話し合い方を話し合ってほしい。
話し合い方によって
結論の内容と
結論に対する納得度は
ガラッと変わってしまって
だから
結論を実行するときの意気込みも変わってしまって
だから
結論の実現度合いも変わってしまうわけです。
極端に言うとですね。
間違った結論でも
話し合い方によっては納得度が高くなるし
納得度が高いと
間違ってても成功したりするわけです。
だから
話し合って何かを決める皆さん。
どうかお願いです。
何を話し合うか
どんな結論を出すか
だけじゃなく
それ以前に
どう話し合うか
話し合いの進め方
に注目して
それをまず、話し合ってください。
話し合い方を話し合う話し合いの場を持ってください。
これは
早口言葉ではなく
とても重要なことなんです。
ファシリテーター冨永良史
↓クリックもとても重要なんです。実は。


テーマ:会議術 - ジャンル:ビジネス
- 2007/02/14(水) 21:47:14|
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